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最終決戦へ


それは、さながら爆発のようにには感じられた。
遠く離れた大社に居てもなお感じる波動は、おそらくある程度の神力を持つ者ならば多少なりと感じたのではないだろうか。
僅かに大気を震わせるそよ風程度にしか思えないのに、それはに爆風と同じ衝撃を与えた。
ふらりとよろめいた身体を支えたのはよりも大きく逞しい腕。

「大丈夫か」

どうやら泰衡にとっては大した衝撃ではなかったらしい。
だが何かが起きたのは気づいたのだろう、視線がではなく遠くを見据えている。
は体勢を立て直そうとして、膝から下に力が入らないことに気が付いた。
の身体は既にボロボロで、ほとんど気力で立っているようなものなのだ。
その僅かな気力が先程の衝撃で奪われた。
どうしてと問うのも不毛だ。
あの衝撃がどうして起きたか、気づかないではない。

泰衡の外套を掴む手が震える。
瞬間に感じた波動は、にとって馴染みの深いもの。
呪詛の波動と、それを包む懐かしく愛おしい気配。



それが、弾けて消えた。



泰衡の腕に縋りながらは視線を動かす。
遥か遠くから感じるそれは、おそらく里野の方角から。
呪詛が祓われたのだとはわかった。
だが、問題はそれが『どこにあった』呪詛ということだ。

奥州に多数埋められていた呪詛は1つを除いて全て望美が浄化させた。
そのためこの地に残る呪詛はあと1つ。
それが最大の呪詛であり、望美1人の力では浄化できないことをは知っていた。
いずれと思いつつも先延ばしにしてしまった理由は自分でも良くわかっているけれど、そんなに業を煮やしたわけではないはずだ。

だが、結果として最後の呪詛は解除された。
おそらくは望美の力によって。
呪詛を抱えていた人物がどうなったかは、わからない。

「重衡さん…」

できるのなら助けたかった。
記憶を失くしても、ただ生きていてくれるだけでよかったのに。
この地で『銀』として生きて、そうして幸せになってくれれば、はそれだけで満足だというのに。
それすらも許してくれなかったのか。

泣くことは許されない。
平家の人間として、また、神子としてこれまで多くの命を見送ってきた。
それが1つ増えただけのこと。
いずれ同じ運命を辿るであろうが、今更消えた命を嘆き悲しむことなどできるはずないではないか。

「偏に風の前の塵に同じ…、か」

運命とはかくも残酷なもの。
わかっていたはずだが、やはりは覚悟が足りないようだ。
自分の命が無くなることなど惜しいと思わないのに、近しい者の命が消える様はやはりつらい。
そんな自分がおかしくて嘲笑えば、泰衡の手がの頬を撫でた。
相変わらずの無表情だが、その瞳がを気遣ってくれるのがわかる。
知盛で見慣れているせいだろうか、無表情の中に潜む感情はには分かりやすい。

「…すまない」
「どうして、泰衡さんが謝るの」

謝られる理由などない。
むしろここまで協力してくれて感謝しかないというのに。

「…あの娘に最後の呪詛を教えたのは私だ」

最後の呪詛の場所を望美は知らなかった。
それは銀が上手く隠していたのもあるだろうし、望美の前では発動しなかったからでもあるのだろう。
巧妙に隠されたそれは効果的な場面でこそ発揮するようにと、普段はごく僅かな反応しかなかった。
神子としての能力がそれほど高くない望美ならば気づかなくても無理はない。
だから望美が行動を起こしたのならば教えた相手がいるはず。
銀の呪詛を知っているのはと知盛、そして泰衡の3人だ。
は伝えていない。
知盛が伝えるとも思えず、そうなれば誰が教えたかなんて明白だ。
何よりも泰衡は奥州の土地を守る義務がある。
呪詛を浄化できる望美に所在を教えるのは当然のことだろう。
謝る必要はない。
は静かに首を振る。

「それは奥州を守る者として当然の義務でしょう。謝るなんて泰衡さんらしくない」
「だが、お前にとって大事な男だろう」
「…何を優先するかは人によって違うもの」

銀がこの地にとって害になることはとて重々承知しているのだ。
個人的感情で泰衡を責めることなどできない。
全ての人が笑える未来なんて、ないのだから。

「お願いだから謝らないで。貴方を責める資格は私にはないの」

最初に銀の手を振りほどいたのはだ。
は弱いから、『重衡』ではない『銀』の手を取ることができなかった。
そもそも神子としての運命を選んだ時点で、重衡を選ぶことはできなかったのだけれど。
だから。

「謝られても困る」

泣きそうな笑顔でそう言えば、珍しく泰衡の瞳が痛ましそうに細められた。

「お前は…」

何かを言いかけ、だが泰衡はそれを押し殺した。
代わりにを支える腕に僅かに力を入れる。

「…お前が望むなら、このままお前を奥州に留め置いても良いと思っていた」
「…」
「だが、それをお前はそれを望まぬのだな」
「…うん」

が命を捨てようとしているのは気づいていた。
それを止めようと周囲が必死になっているのも知っていた。
将臣がほとんど面識のない泰衡にその役目を押し付けようとしたのは、泰衡がにとってそれなりに近しい人物だということがわかったからだろう。
泰衡とてをむざむざ死なせたくはない。
が生を望むのであればどのようなことをしても叶えてやりたいと思うほどには、のことを気に入っていたのだ。
だが、周囲の人物がどれほど願おうともの決意は変わらない。
それは近くにいる者ほど強く感じていているだろう。
こうして胸に抱いていてもすり抜けて消えてしまいそうなほどに儚い
あの程度の風圧で立っていることすら難しいほどの身体は弱っている。
そう、今立っていることさえ通常では考えられないほどなのだ。
の気力を支えているのは、神子としての意地か。
本当に天照大神はとんでもない人物を神子として見つけてきたものだ。
彼女以上に神子として相応しい人物を泰衡は知らない。

「そろそろ始めましょう」

が天空を仰ぎ、そして泰衡に微笑んだ。
するりと抜けていく小さな身体。
何かに縋っていなければ立っていることもできなかったほど弱った姿を見事に隠し、は大社の中央に立つ。

「さあ、いらっしゃい」

の声に応えるように、大社に一陣の竜巻が起こった。
翻る袿の裾。風に乱れる漆黒の髪。
突然の竜巻は一瞬にして消えた。
そしてその場所に立っていたのは。



「また会いましたわね、美しいお嬢さん」



艶やかに笑う美女が、そこにいた。


  • 11.11.08