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神子だからわかること


何故目の前で望美と将臣が剣を交えているのだろう。
室内である以上、手合せということは考えられない。
理由を求めるように居並ぶ人々に視線を巡らせれば、皆揃って視線をそらしてしまう。
一体何なのだと思うが、望美が暴走する理由の8割が己に関することだとは知っている。
ということは、これはもしかして自分が原因なのだろうかと、は譲に視線を向けると、案の定苦笑した譲が肯定した。
それならば止めることができるのはだけだ。
は慣れた仕草で手を叩いた。

「はい、そこまで」

パン、という音と共に静かな声が部屋に響く。
そんな声で収まれば苦労しないとうんざりした様子で顔を上げた九郎は、目の前の剣戟がピタリとやんだことに目を丸くした。
弁慶はともかく九郎はまだ望美との関係を理解していないらしい。

っ!!」

剣を放り投げ(ちなみに将臣の足元に転がった)に飛びついた望美に、はやはり慣れた仕草で自分よりも少し大きな背を抱き留めた。
見た目は望美の方が年上に見えるのだが、やはりこうして見るとの方がしっかりしている。

「どうしたの? 朝から元気なのは良いことだけど、剣を振り回すのは危ないよ」
「だって将臣くんがに手を出したとか言うから…」
「言ってねえよ」
「将臣くん? 何かされたことはないけど?」
「本当? 幼馴染だからって庇わなくてもいいんだよ? 私が三枚に下してあげるから」

物騒なことを言う幼馴染に、は僅かに眉を下げる。
を大事に思ってくれる望美の気持ちは嬉しいが、流石に幼馴染を三枚に下ろされても困る。

「まったくもう…」
「だってはいっつも大事なことは私に秘密にするんだもん。私だっての力になりたいのに、知盛にばっかり弱いところ見せるし…そりゃ確かに私はみたいに頭良くないし頼りにもならないかもだけどさ…」
「成程、それが原因か」

ぎゅうっと抱きついてそう言う望美の声は不満というよりは不安そうだ。
感情を抑えるのはの癖だ。
心配させたくないという気持ちが強いからなのだが、それが望美には距離を取っているように見えたのだろう。
数年ぶりに一緒にいることになったけれど、2人の立場は大きく変わってしまった。
距離を取ったつもりはなかったが、己の決意を知られたくなかったのは事実。
知れば多分望美は反対するだろう。
でも、知らないまま心配させるよりは、すべてを打ち明けておくほうが良いかもしれない。
今も――そしてこの先のことも。

「譲くん。ちょっと望美借りていいかな?」
「え…それは勿論。というか何で俺に…」
「ありがとう。じゃあちょっと借りるね」

そう言うとは望美の手を取り、さっさと自室へ姿を消した。


「…お見事」


あれだけ暴れまわっていた望美をあっさりと鎮めてしまったに、疲れ切った将臣がそう呟いた。
反論する声はない。







   ◇◆◇   ◇◆◇







連れてこられた部屋の円座の上に2人で顔を合わせて座る。
寝具をそのままにしたまま部屋を飛び出してしまったが、それらはしっかりと片づけられている。
おそらくは譲だろう。
望美はを見る。
まだ少し赤い目元。どのくらい泣いたのだろうか。
がそれほど悲しい想いをしているのに、自分に何も相談してくれないのはさびしい。
でもそれは望美の勝手な意見だ。
にも言えないことはある。望美がに隠し事をしているのと同様に。
それでも、相談くらいはしてもらいたいと思うのは、望美の我儘だろうか。
望美の視線を受け止めては困ったように笑う。

「どこから話そうか」
「…全部。全部話してほしいの」

どうしてこちらの世界にやってきたのか。
どうやって生きてきたのか。
そして――何をしようとしているのか。

望美の言葉には小さく頷いて話してくれた。
望美よりも遥か前にこちらの世界にやってきたこと。
を呼び寄せたのは天照大神であること。
この国に害を及ぼす大きな力を倒すことを条件に、女神から力を授かったこと。

そして、それはの身体に大きな負担を強いること。

聞かされた望美はただ愕然とするしかない。
白龍の力を使った望美だからわかる。
神の力を使うのは多大な負担がかかる。
たかが一体の神でしかない龍神――それも半分の力しかない白龍の力でも行使すれば身体には大変な苦痛を伴った。
それなのに国を統べる女神の力となれば、の身体にかかる負担は想像を絶する。
すっかり細くなってしまった身体。
室内を動くだけでも疲労を感じて寝付くようになったのは、もしかしたら今回が最初ではないのかもしれない。

「…止めることは、できないんだね」
「うん」
「私がお願いしても?」
「望美がお願いしても。私にできることがある。私にしかできないことがある。だったら選ぶ道は1つしかないの」

の意思は固い。
と望美は良く似ている。
特に自分の信念を貫くところなんて驚く程だ。
それは物心ついた時から隣同士で育ったというのもあるだろう。
冷静で思慮深い、楽観的で行動力に優れている望美。
相反していながらも同じ価値観を持つ2人だから、止めても無駄だということは嫌というほどわかる。
望美は無意識に胸元のペンダントを握りしめ、そうして自分が持つ力を思い出した。
望美の持つ最大の力。時空を移動する能力。
それを使えば、もしかしたらが望むように重衡を助けることはできるかもしれない。
源氏に捕われることがないように、の傍から離れずに済むように。
だが、数多の運命を旅してきた望美がようやく辿りついたが生存する運命。
別の時空に跳んでしまえば、このたった1つしかない運命も上書きしてしまうかもしれない。
そうなれば、望美は二度とを助けることができない。
可能性はゼロではない。
それでも今までどれだけ多くの運命でを失ったかを考えれば、そう簡単に今の運命を手放すことができない。
望美にとってあくまでも最優先なのはで、会ったこともない重衡を選ぶことはできない。
薄情だと言われても、それが望美の本心だ。
だが、時空を跳ばなくてもこの逆鱗がの力になることはできないだろうか。
泰衡は逆鱗を見て「陽の気が宿っている」と言った。
平泉を守るために泰衡がこの逆鱗を欲したくらいだ。
これがあればの力になれると思ってはいけないだろうか。

――これ」
「これは…鱗?」

手のひらに落とされたそれを見て不思議そうに首を傾げるに、望美は頷いた。

「白龍の逆鱗なの。最初に京に来た時に私を助けるために、白龍が…くれたの。泰衡さんは強い陽の気が宿ってるって言ってた。これはの役に立つ?」
「でも…望美の大切なものでしょう」
より大切なものなんてないから、いい。が悪いことに使うわけないってわかってるし」

この運命を離れないと決めた以上、望美が持っているより有効に活用できる人が持っていた方がいい。
確かにこれは前の白龍の形見のようなものだからとても大事なものだけど、の命より大切なものなんてない。

「ありがとう」

そう言って逆鱗を握りしめてふわりと微笑んだは、再びそれを望美に戻した。

?」
「気持ちは凄く嬉しい。確かにこの逆鱗には強い力が宿ってる。でも、使えるのは多分望美だけ。これは望美のためだけのものだから」

だから、とは言葉を続ける。
綺麗な綺麗な笑顔。
同じものを見たのは壇ノ浦の船の上。
ざわりと背筋が冷たくなった。

「だから、望美がこれで銀を――重衡さんを救ってあげて」

あぁ、やはり。
望美にはわかってしまった。



は最初から未来を捨てているのだと。


  • 11.03.19