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落ち込んでばかりもいられない


朝目が覚めて隣に人の気配がないことに気づき、望美はやはりと思った。
昨夜のあの状況で彼女がすんなり戻ってくるとは思えなかったから、特別疑問を抱かなかった。
泣いていた
あのような悲しい姿は、幾度廻った運命の中でも見たことがなかった。
幾度も命を落とした
それこそ思い出すのもおぞましいほど残虐な最期を遂げたことだってあった。
望美はそんな彼女を、毎回どうしても救えなかった。
今度こそ救えると思っていたのだが、現実はやはり残酷なのだろうか。

…」

にとって望美はどんな存在なのだろう。
親友だというのなら、せめて自分の前で泣いてほしい。
助けを求めてほしい。
それなのにはいつだって誰も頼らない。
望美の為には喜んで手を貸してくれるのに、自分は大丈夫とやんわり笑うのだ。
銀との関係がどういうものか、正確にはわからない。
だが少なくとも面識はあった――それは今の『銀』ではないかもしれないが、確かには銀を知っていた。
あんな悲しい涙を見せるほど、銀を慕っていたのだと女の勘が告げていた。
に問いかけても、多分答えはもらえない。おそらく、銀からも。
では、望美はどうしたらよいだろう。
は望美の親友だ。半身と言っても良い。
できることならいつでも笑っていてほしいし、幸せになってほしい。
望美は彼女のために何ができるだろうか。
そんなことをぐるぐる考えていたからだろうか、部屋の襖が叩かれたことすら気づかなかった。
そして室内から何の応答もなかった譲が扉を開け、布団の上でうんうん唸っている望美を見つけて怪訝そうに首をひねった。

「春日先輩…?」
「あ、譲くん。おはよう」
「おはようございます…あれ、先輩は? もう起きたんですか? それにしてはどこにも姿が見えないような…」
「ううん、はね。知…」

知盛のところにいるだろうと告げようとして、ふと、望美は重大な何かを忘れていることに気が付いた。
知盛に縋りついて泣いていた
知盛はそんなを優しく抱き上げて。
額への口づけ。それは普段の知盛の傲慢さは微塵もなく。
月夜に照らされる中で消えていったのは、多分知盛の部屋だろう。



「っ! 私の馬鹿!!」



何で忘れていたのだろう。
知盛と言えば女好き。
いくら義妹とは言え、あんなに儚くて綺麗で痛々しいを前に何もしないなんてことあるだろうか、いや、ない。
あいつは間違いなく襲う。
宮中でも遊び人と言われていた知盛のことだ(弁慶談)。
弱ったを口説き落とすのなんて簡単だろう。
しかも知盛の外見は銀と瓜二つ。
あの見た目で優しく慰められたら、いくらだってついうっかり情にほだされるなんてこともあるかもしれない。
おのれ知盛。
脳内で繰り広げられた妄想で知盛に美味しくいただかれてしまったを想像してしまった望美の表情は一変した。
将臣曰く『般若』の顔である。
目の前でいきなりそんな変貌を見せられた譲は思わず一歩引いた。

「知盛! 今度こそ絞める!」

剣を片手に飛び出した望美を譲は呆然と見送った。
なんだかまったく会話がかみ合わなかったのは気のせいではない。
むしろ会話すらできていない。
とりあえずが絡んでいるのは間違いないようだ。
飛び出して行ったのは良いのだが…。

「先輩、知盛の部屋知らないんじゃ…」

その声は残念ながら望美に届くことはなかった。







   ◇◆◇   ◇◆◇







「将臣くん!!」
「おぁ! 望美?!」

すぱーん、と音がして驚いて飛び起きた将臣は、扉の前で仁王立ちする望美を見てまたもや驚いた。
黙っていればと同じくらいの美人なのに、今の表情は鬼気迫るものがある。
理由もわからないままごめんなさいと謝りたくなるのは何故だろう。
少なくとも過去の経験からでないことは確かだ。
つかつかつかと部屋に入ってきた望美は、いまだ布団の中にいる将臣の胸倉を掴んだ。

「知盛、どこ?! あの腐れナンパ男!!」
「は? 知盛?」

というか何故にナンパ?
数年前から知盛を知っている立場から言わせてもらえば、知盛が好んで女性に声をかけたところなど見たことがない。
まぁ、据え膳はしっかりいただいていたけれど。
少なくとも望美がこんなに殺意漲って探すほどのことはしていないはずだ。

「どこなの?! あの男! 将臣くん、教えてってば!!」
「ちょ…待てお前。首締まってるから!」
「あんの外道…私のを!」
「おーちーつーけー!!」

半身を起こした将臣に馬乗りになり、胸倉をつかんでがしがし揺さぶられては、いくら将臣とて答えたくとも答えられない。
むしろ寝起きで頭をシェイクされて軽く吐きそうだ。
相変わらず細いくせになんだこの怪力は。
この馬鹿力はが絡んでいるとみて間違いない。
こうなった望美に容赦は必要ない。
長年の経験から知っている将臣は至近距離にある望美の頭を片手で掴み、そのままぐいと押しやった。
それでも胸倉を離さない望美は流石と言えば良いのだろうか。
とりあえず少し距離を開けて望美の腕を引きはがすことに成功する。
ぺいっとそのまま布団の上に押し付ければ不満そうな声が上がる。
寝起きに襲撃されて怒りたいのはこっちだと言いたいが、そこは大人の余裕というやつで我慢だ。

「…将臣くん、ひどい」
「どっちがだ。俺の息の根止める気か」

乱れてしまった襟元を正す。
望美はどうやら多少落ち着いたのか、今度は将臣の上から降りて布団の横で正座している。
こうして見る限りは普通の美少女なんだがなぁとついため息をつく将臣は、何だか父親の心境である。

「で? 知盛がどうしたって?」
「そうそう。昨日の夜なんだけど、知盛がをお持ち帰りしちゃったから、ちょっと絞めてこようかと思っ」
「待て待て。どうしてそんな微妙な言い回しをするんだ。きちんと、事実を、俺に説明しろ」

聞きたくない。
美少女の口からお持ち帰りとか絞めるとか。
少なくとも将臣は嫌だ。
しかも相手が知盛で持ち帰られた人物がとは、どんな冗談だ。
脚色や主観抜きの説明を求めたところ、ようやく話に合点が言った。

「なるほど。がねぇ」

深夜の舞はの危険信号だ。
眠れないは舞を舞って時間を過ごす。
結果として精神的疲労が蓄積されている上に体力まで消耗した挙句、後でぱったりと倒れることになるのだけれど。
嫌というほど体験しているアレだ。
今まではそんなを無理やり眠らせるのは重衡の役目だった。
彼がいなくなってからの不眠はほぼ慢性化していると言って良い。
いくら数か月も眠り続けたとは言え、そう簡単にのストレスが解消されているとも思えないし、そろそろだとは思っていたのだが。

「そりゃ、知盛も気づくよなぁ」

何しろ重衡と双翼を成すほど過保護な保護者なのだ。
望美は知盛に良い印象を抱いていないから悪く解釈したのだろうが、事情を知っている将臣はむしろよくやった知盛と褒めてあげたい。

「気にすんな。お前が心配しているようなことは絶対起きてないから」
「何でそんなこと言えるのよ。知盛だよ。女の敵だよ。腐れ外道だよ」
「…おい待て。その偏りまくった情報は誰からもらってきた」
「弁慶さんが教えてくれた。知盛は宮中の美女という美女に手を出してたって」
「あの男…」

間違っていないが、言葉にかなりの悪意を感じる。
否、確かに敵だったんだから仕方ないけど。手を出したことも否定しないけど。
だが平知盛という人物を知る立場から言わせてもらえば、知盛が女性の敵だったことはない。
むしろもてない男連中にとってこそ敵だ。

「知盛の部屋はこの2つ先だ。行ってもいいがが眠っていたら起こすなよ」
「わかってる。2つ先だね」
「おー行って…ちょい待て!」

そう行って飛び出して行った望美をのんびり見送ろうとして、将臣は慌てて後を追った。
忘れていた。すっかり忘れていた。
眠れないに重衡が取っていた行動を。
案の定、部屋の前で茫然と立ち尽くす望美の姿。
室内へ視線を移せば、知盛の服を握りしめて胸の中で丸まっていると、そんなを大切そうに抱きしめている知盛。
うっすらと残る涙の跡がの心の傷を現している。

「え…。な…ちょっ…」
「はいはい。とりあえず安眠妨害、安眠妨害。部屋に戻ろうぜ」

室内を指さしたきり言葉が出てこない望美の肩を押しやって、将臣は襖を閉めた。
これは目が覚めた後が大変だと、朝から憂鬱になったのは当然だと思う。


  • 11.03.13