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月が見ていた


銀と知盛。
雰囲気こそ別人だが、誰がどう見ても赤の他人とは言えないほど瓜二つの2人に、驚いたのは望美と譲、そして朔。
後は九郎くらいだろうか。
弁慶はその人物を予想できていたし、白龍は彼が誰であれ関係ない。
そして、瓜二つだと言われた本人である知盛は我関せずを貫き、将臣も銀が言う『藤原泰衡の従者』という言葉をすんなりと受け入れている。
望美としては問いただしたい気持ちがあった。
だって、あれほど知盛と似ているのだ。
最初はドッペルゲンガーではないかと疑った。
まぁ随分と品の良いドッペルゲンガーだと呟いて将臣に怒られたのは忘れたい記憶である。

誰が見ても知盛と銀の血の繋がりを感じるほどの外見なのだ。
そんな彼の存在をがどう見るか、それは非常に興味のあることだったのだけれども。



「何のコメントもなしってのは、やっぱりおかしいと思うんだよね」



望美達が泰衡の従者である銀と一緒に外出しているのは良く知っているはず。
銀が知盛と良く似ているということも、彼女はこれまた良く知っているはずなのだ。
他でもない望美が熱く語って聞かせたのだから。
それなのにの感想はただ1つ。

「他人の空似ってあるんだね」

空似なんかであるはずがない。
だがが何の感情の起伏も見せないのだから、望美としてはそれ以上訊ねることもできず。
結果として望美は銀の正体が未だにわからないままだ。

気になるのは他にも理由がある。
銀の態度があまりにも不自然なのだ。
銀は望美の護衛にと泰衡が付けた従者だ。
誰よりも望美を優先して守るようにと言われているため、家にいる以外のほとんどの時間を望美達と行動を共にしている。
それなのに彼の視線は何かに縋るような、渇望するような眼差しで遠くを見ている。
その視線の先にあるのはの部屋。
銀がやってくると同時に部屋に戻ってしまうが彼と言葉を交わすことはない。
彼女を求めているのだろうと誰が見てもわかるのに、本人だけが無自覚なのだから重症だ。
綺麗な銀。
優雅で品があり、しなやかな身のこなしは武芸というよりは舞を見せられているかのよう。
だが己の身の丈よりも大きな武器を苦もなく振り回しているのだから、見た目以上に鍛えてあるのだろう。
こう言っては何だが、いくら栄えているとは言え奥州の片田舎にいるようなタイプには見えない。
いくら平泉が栄えているからとは言え、ここまで雅な人物はやはり京にいるのが相応しいと思ってしまうのも無理はないと思う。
それほど銀はこの土地に似合っていない。
素性は不明。何も覚えていないそうだ。

だから、もしかしたらと思ったのだ。
もしかして、彼は平家の公達の一人で、知盛とはどこかで血が繋がっているのではないかと。
それなのに肝心の彼らがまるで他人の如き態度なのだ。勿論銀も同様だが。
女の直感が彼らの繋がりを感じているのに、誰も肯定してくれない。
気のせいだったのかなと思いながらも過ごしていた。



――それが間違いだということはすぐに証明された。







   ◇◆◇   ◇◆◇







珍しく目が覚めてしまった。
呪詛のせいで身体に感じる疲労は日々蓄積されていて、いつもなら布団に入ればぐっすり朝まで起きないのに、何故か今日に限ってはそれができなかった。
外は暗い。
微かに見える月の光が、夜明けはまだまだ遠いことを教えてくれる。
寝起きの悪い望美がこうして夜中に起きてしまうことはひどく稀で、だからこそすっきりと目覚めてしまってどうしたらよいかわからない。
とりあえず喉が乾いているので水でも飲んでこようと布団から身を起こし、隣に眠るの姿がないことに気が付いた。
夜は確かに一緒に床についた。
明日はどこに行くとか予定を話しながら一緒に眠りについたのだ。間違いない。
手水に起きただけだろうか。
不思議に思いながら部屋を出て、夜空を眺めながら廊下を歩く。
平泉の気候は当然ながら京より寒い。
それでもあちらより多少澄んだ空気は冷たいけれど気持ちが良い。
そうして庭を眺めながら歩いていたら、歌声が聞こえてきた。
の声だ。
小さな声で紡がれるそれは、確か元のの世界で聞いたことがある。
歩き進めて、そして庭の一角にの姿を見つけた。
舞を舞っている。
ひらりと翻る裾からキラキラと輝く黄金の粒子がとても綺麗だ。
が舞うと空気が変わる。
彼女の舞を世界が喜んでいるかのように、ゆっくりと、だが確実に。
神に捧げる舞があるのだと朔は言った。神楽舞と呼ぶのだと。
だが、のそれは神楽舞とも違う。
神に奉納する舞とは少し違うような気がするのだ。
だって望美も舞を習っているし多少は舞えるけど、それでもこんな風に空気を変えることなんてできない。
朔だって同様だ。
だから、できるのだ。

綺麗だと見惚れていた。
だから声をかけるのを忘れていた。
舞を舞うはどこか心虚ろで、だから余計に声をかけるのを躊躇ってしまったのかもしれない。

「――?」

不意に歌声が止んだ。
不思議そうな表情の先にいるのは、知盛――と良く似た男性。
銀だ、と気づいた時は彼が動いていた。

重なる影。
の涙。
傷ついた銀の表情と、それ以上に傷ついたの表情が月光に照らされた。

何が起きたのかわからなかった。
ただ、銀は去り、やがて現れた知盛がを優しく抱きしめた。
静かな夜の空気がの嗚咽で震えている。

震える足で望美は部屋に戻った。
とてもじゃないが声をかけられる雰囲気ではない。

何かがあるのだと、望美はようやく気づいた。
他人なんかじゃない。
少なくともにとって銀は見知らぬ相手ではなく、他人のふりをしなければ平静でいられないほど大事な相手。

だって――望美は見たことがないのだ。
あんな風に泣くの姿を。
先程の歌は、おそらく銀を想っての歌。
ほんの少しの希望に縋るように。
――それでも、決して適うことがないと分かっているかのように。
切ない歌声はの心情を現していた。

本当ならば駆け寄って慰めてあげたかった。
だけど望美は2人の空気に入っていけなかったのだ。
これは望美が踏み込んで良い領域ではない。そう、思った。
慰められるのは、多分、今は知盛だけ。
自分が入ることは許されない。
それがすごく寂しかった。


  • 11.03.03