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明と暗


!!」



まるで劇的な再会とでも言うかのようにがしっとにしがみ…もとい、抱きついているのは、やはりというか当然というか望美だった。
出るだろうなとは思っていたが、やはり出た。
一応目覚めたばかりの病人を気遣うだけの余裕は残っていたみたいだが、の方が望美よりも華奢であるためがっちりとホールドされてしまいは若干苦しそうだ。
勿論止めることはできない。
将臣とて命は惜しい。
ご愁傷様と言わんばかりに生ぬるい目を向ければ、当のは慣れたもので望美の背中に手を回してあやすようにぽんぽんと叩いた。

「私は大丈夫。心配かけてごめんね」
「ううん、ううん。が元気ならそれでいいの。本当に目が覚めてくれてよかった!」
「ちょっとガス欠になっちゃったの。充電完了したからもう平気」
「もう無理しないでね。危ないことしちゃ駄目だよ」
「うん、善処します」

くすくすと笑いながらそんなことを言うに望美は気づかなかったようだが、将臣と譲はしっかり気づいた。
気を付けるでもなくやめるでもなく、善処すると言い切りやがった。
長い付き合いだがの善処など見たことがない。
反省ゼロである。どうしてくれようこの女。
そんな不穏な空気すら気づいているだろうに、は将臣と譲にも柔らかい視線を向ける。
ふわりと微笑む瞳は琥珀。
漆黒に近い澄んだ瞳の色が変わったのは、力を使い過ぎた弊害なのだろうとのことだ。
指摘されるまで気づかなかったらしい。
望美に鏡を見せられて、あらまぁと呑気に答えていたということは、限界以上の力を使った自覚があるからだろう。
は笑顔で無茶をする。
それは将臣も望美も同じなのだが、同じ環境で育った3人は揃って同じ性格をしていた。
自分が決めたことは何が何でもやり遂げるのだ。
良く言えば意志が固い。悪く言えば頑固。
そのせいで将臣は平家を率いる将になり、望美は龍神の神子となった。

そしては天照の神子だ。

別の世界へ飛ばされるだけでも相当稀なことであるというのに、何だこの重要なポジションを担った3人は。
ついでに言うなら有川家の祖母である菫はこちらの世界の人間で、神子に仕える一族である星の一族の姫だったらしい。
勿論その素質と血脈は譲にも受け継がれてる。
時折見る悪夢はその血が原因らしく、かなり現実味のある夢は見ていて気分のいいものではない。
まぁ予言というか予知というか、こちらに来て以前より勘が鋭くなったのは良いことだ。
望美の暴走も事前に察知できる。
それにしても有川家周辺には波乱万丈な人生を送る何かでもあるのだろうか。
それともタイムスリップをする運命か。
譲は不思議で仕方ない。
是非是非、両親だけはこちらに来ないでほしい。いやもう切実に。

「ところで先輩、ずっと眠りっぱなしだったからお腹すいたんじゃないですか。固形物は流石に無理だけど、蜜柑ならあるのでジュースでも作りましょうか」
「あ、嬉しい。ジュース飲みたいな」
「わかりました。すぐ用意しますね」
「譲くん、私にもー」
「はいはい」

嬉しそうな笑顔を向ける2人に心得たように譲は席を立つ。
やはり彼女の笑顔には人を嬉しくさせる何かがある。
この笑顔が戻ってきてくれてよかった。本当にそう思った。







   ◇◆◇   ◇◆◇







さん、意識が戻ったそうですよ」
「…あぁ」
「まだ起き上がることはできないけど、食事も多少召し上がられたとか」
「…あぁ」
「数日もすれば床を出られるでしょう。挨拶はきちんとしてくださいね。会えたらですけど」
「……あぁ」

平泉に来てから九郎は目に見えて落ち込んでいる。
勿論原因の9割は敬愛する兄・頼朝に紙屑のようにポイと捨てられたからであるが、残りの1割は先ほど目覚めたという少女が原因だ。
昏倒して長い間目を覚まさないほどの無理をした
それを強いていた原因が源氏であることは間違いない以上、源氏を率いて平家と戦っていた九郎にも非はある。
それを指摘した望美に、つい感情的な反論をした九郎が迂闊と言えば迂闊だった。
九郎は純粋だが感情の機微に疎い。
ついでに女の気持ちがわからない。
だから、つい言ってしまったのだ。



『戦えない女が戦場に出てくるからこんなことになるのだ』と。



その瞬間、般若と化した望美にこてんぱんに叩きのめされたのは当然と言えよう。
殺されなかっただけましかもしれない。
弁慶でさえ、あの時の望美は怖かった。
あれに逆らってはいけないと、本能的な何かが訴えていたほどに。
それは弁慶以上に付き合いの長い譲や将臣も同様だったのだろう。
安全圏に離れて手を合わせている姿が妙に手慣れていた。
九郎に味方はいなかった。
師匠であるリズヴァーンは元から無条件に望美の味方だし、譲や将臣は言わずもがな。
朔は女性であるうえに戦場に同行していたものだから、味方になりようがない。
第一女を戦場に連れて出させていたのは九郎も同様だ。
その場に景時とヒノエがいなかったことが救いだ。
景時は端から戦力にならないし、ヒノエに至っては確実に九郎にとどめを刺すだろう。
熊野の男は女性の味方なのだ。

妹弟子にこてんぱんに叩きのめされた九郎は、あの日以来望美とまともに会話をしていない。
勿論世話になっている秀衡への対面など、必要だと思われることには望美は同行してくれるので傍から見れば不協和音は気づかれていないだろう。
九郎が女性に対してぎこちないのは昔からだし、望美は人前では源氏の神子という立場を貫いているから九郎と親しく見せる必要はない。
九郎の発言は確かに不用意だったが、なかなか目覚めないへの不安を九郎にぶつけることで解消しようとしている望美の気持ちもわかるために、弁慶としても望美を咎めるのは気が引けた。
の意識が戻れば治るだろうと思って放置しておいた。
そしてが目覚めた今、望美の機嫌は回復した。
事態は好転するだろうか。それとも…。



「なぁ、弁慶」
「何ですか」
「俺は、あの女性に何を言えば良いのだろうか」

九郎は今まで自分の行動を後悔したことなどない。
兄に従っていれば良いのだという刷り込みがあったのも事実だが、彼の言うままに敵を葬ってきたことが間違ったことだと思わなかったからだ。
兄に従うのは弟として当然。
彼の理想を叶えることが九郎にとっての正義だった。
それが根底から覆された今、九郎は何を信じればいいかわからない。
彼女から家族を奪い居場所を奪い、平穏な人生すら奪ったのは源氏だ。
そして九郎は源氏棟梁の弟であり、平家討伐の総大将だった。
が家族と称する相手と剣を交えたことも、一度や二度ではない。
実際何人の家族を彼女から奪っただろうか。
何をどう詫びたら良いか、まるで見当がつかない。
謝って済む問題ではないだろう。

「…自分で考えてください」

弁慶に言われても困る。



彼女が恨んでいるのは、九郎などではなく己なのだから。


  • 11.02.08