は眠り続けている。
まるで息をしていないかのような静かな様子は時折不安になるが、淡い色合いの唇からは小さいながらも呼吸の音がはっきりと聞こえてくるため特に異常は感じられない。
白く、透けるような肌。
元々骨格が小さいために見た目以上に華奢に見られていただが、食事を摂っていたのだろうかと心配になるほどその身体は細い。
彼女が言うならば今の望美よりも2歳年上のはず。
それなのに見た目の印象はの方が幼く見えるほど全体的に小柄だ。
それこそ知盛が片手で抱えられる程度には。
意識を失ってしまったはこんなにも弱弱しく、壇ノ浦で見せた神々しい雰囲気など微塵も感じさせない。
こうして眠っている姿は精巧に作られた人形のようで、だからこそ怖くて仕方がない。
もう二度と目を覚まさないんじゃないか、なんて。
そんなことを考えてしまい、慌てて望美はその考えを打ち消すように頭を振った。
「ねえ、」
教えてほしい。
どうしてこの時代にいるのか。
どうして平家の養女になっているのか。
そして、どうして神子になっているのか。
幼い頃からの付き合い。
それこそ望美の人生のほとんどをと一緒に過ごした。
姉のように妹のように、いつでも何をするにも常に一緒だったのだ。
のことなら知らないことなんてなかった。
まるで双子のようねとお互いの親に笑って言われても嬉しいだけだったのに。
今の望美はのことを何も知らない。
そしてがいつ目覚めるかもわからない。
「寝坊するのはいつだって私だったじゃない。はいつだって私を起こしてくれる役目でしょう」
寝起きが悪い望美を起こすのはの仕事だった。
そのまま2人で有川家に向かい、既に起きている譲に挨拶を済ませ、惰眠をむさぼっている将臣を襲撃していたのだ。
子供の頃から繰り返されていた。
今だって望美の寝起きは悪く、譲は規則正しく起きていて、将臣は時間ギリギリまで布団から出てこない。
ずっと同じ。
ただ、望美を起こしてくれる人がいないだけだ。
「起きて」
小さく囁く。
力が足りないなら分けてあげるから。
協力しろと言うならどんなことでもするから。
だから。
「お願いだから起きてよ…」
望美が不安に押しつぶされる前に、どうかその目を開けてほしい。
◇◆◇ ◇◆◇
の部屋に入ることが出来る人物は限られている。
親友である望美、幼馴染である将臣と譲、そして義兄である知盛の4人だけだ。
敦盛も入室自体は咎められているわけではないが、自身の纏う気が眠るに害になるかもしれないと、あえて部屋に近づこうとしない。
屋敷に仕える人間ですら徹底して近づけないのだ。
九郎や弁慶が近づけるはずもない。
だが、今後の対策を練らなければならない弁慶にしてみれば、龍神の神子である望美と話せないことはよろしくない。
朔を通じて日に数時間は話に加わってほしいと頼み込んで、ようやく望美と譲だけは部屋から出る機会も増えた。
将臣も異論はあるものの八葉という立場であるため必要な時は部屋から出るし、用事があれば率先して屋敷を出ていくこともある。
そんな中で頑としての部屋を動こうとしないのは知盛だ。
特に何をするでもなく、ただそこにいるだけ。
飽きもせずにの寝顔を眺めている姿は、まるで飼い主に捨てられた大型犬のようだ。
そんな感想を抱いた望美だが、勿論それを言葉にする勇気はない。
所詮望美も同じような状況なのだ。
そのようにしての部屋には必ず誰かの姿があった。
それが今、部屋には誰の姿もない。
将臣は源氏軍の様子を探ってくると言って数日前から奥州を離れている。
譲は食事の支度。
望美も九郎と共に秀衡の元へ赴いている。
そして、知盛は本当に気紛れに外へ散策へ出かけているのだ。
珍しいと誰もが思った。
誰が何と言おうと部屋の一角から動こうとしなかった知盛が、何故動いたのかわからない。
本当に本人の気紛れだったのだろう。
とにかく、は部屋に一人だったのだ。
「神子様? こちらにいらっしゃいますか?」
そんな声と共に襖が開いた。
声の主は開いた先にいると思ったはずの人物の姿がなく、声の主――銀は一瞬躊躇したようだった。
女性が眠る部屋に入る趣味は銀にはない。
ただ銀が用事があるのは望美だけで、望美は常にこの部屋にいたから今日もここにいると思ったのだ。
泰衡から龍神の神子を連れてくるようにと言われ、この屋敷に赴いた。
いつもは誰かしらいるはずの屋敷は今日に限って何故か人の姿がなかったために、そのまま屋敷の奥へと足を進めたのだ。
勿論銀は望美が秀衡の元を訪れているとは知らない。
知っていたらすぐに秀衡の屋敷に赴いただろう。
だが、知らない以上は望美がこの屋敷のどこかにいるのだと思うのは当然で、そうなれば一番先に思いつくのが件の女性が眠るこの部屋だった。
入るなとは言われていなかったのも原因の一つだろう。
それは銀に伝えるまでもなく望美が部屋から出てくるからなのだが、望美が出てこないとなれば銀にしてみれば部屋に入るのは当然のことだった。
尤も返答がないままに眠る女性の部屋を開けることが不躾だと言われれば確かにその通りなのだが。
室内には誰もいない。眠る女性以外。
「困りましたね」
銀にとって泰衡の命令は絶対だ。
その彼が神子を連れてこいと言った以上、銀は望美を連れていかなければいけないのだ。
なのに、いない。
誰かに訊ねようにも、生憎屋敷に人の姿がないのだから聞きようもない。
探しに出ようと踵を返そうとした銀は、ほんの僅か眠るを視界に入れた。
その白い顔に思わず目が留まる。
相変わらず眠ったまま。だけどほんの僅かな変化が彼女に見られたのだ。
かすかに震える睫。
形の良い唇から聞こえた小さな吐息。
ゆっくりと開いていく瞳に、まるで天女が目覚めたようだと思ったのは束の間。
ぱちぱちと瞬いた瞳は天井からゆっくりと室内を見まわし、そして襖に手をかけた状態で固まる銀へと向けられた。
見開かれた瞳。それは綺麗な琥珀。
「………さ、ん?」
細い声が紡いだ言葉は、銀には良く聞こえなかった。
- 11.02.04