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運命を翻すために


ひらりと翻る袿の鮮やかさ。
漆黒の髪が宙に舞い、白い肌が赤に染まる姿を望美は忘れることができない。
幾度運命を変えてもどうしても変わることのなかった彼女の行く末が再び望美の脳裏をよぎり、思わず己の身体を抱きしめた。

白龍から譲り受けた逆鱗で幾度運命を塗り替えたか、望美は覚えていない。
それだけの運命を渡り、大切な人を救ってきた。
だがそれでもどうやっても救えない人物がいた。
だ。
だけは望美がどれだけ運命を変えようとあがいても、それをあざ笑うかのように望美の手のひらからすり抜けてしまうのだ。
一度目は今と同じく壇ノ浦だった。
平家の末路を見据えた少女は、その腕に幼い帝を抱えて海にとびこんで消えた。
二度目は一ノ谷。
平家の将を逃がすために囮になり、多くの矢を浴びて命を落とした。
三度目は鎌倉。
義経の手によって囚われたは、他の平家の将と共に斬首され、首は広場に晒された。
四度目はどこだったか。
逃げる平家を追う途中、平家の落ち人がいるという情報を聞きかけつけたその先で、崖から身を投げてしまった。
他はもう覚えていない。
どんなに頑張ってもは望美の手を選ばないし、望美は彼女を救うことができなかった。
また今度も同じなのかと半ば絶望していた望美は、今回の運命を最後に運命を上書きすることをやめる決心をした。
どうせ何をやってもは助からない。
数を増すごとに残酷になっていく親友の死に顔をこれ以上見たくなかったのだ。
そうして進んできた運命で、望美はやはりと再会をした。
何度も見た姿。見忘れるはずはないと思っていたのに、それでも望美は一瞬を見誤ってしまった。
無邪気な笑顔、元気な姿。
美しく成長していることは同じだが、それまで知るとはまるで別人のような、まさに2年前(にとっては4年前)に別れたあの日のままの朗らかながそこにいたのだ。
今度こそ変えられるかもしれない。
何度目になるかわからない決意を胸に運命を進めていけば、進んだ先はやはり平家の最期となる壇ノ浦。
帝がいる以上、平家の養女であるが同行していないはずがなく、あぁまた変えることはできないのかと失望のため息をついたのは無理のないことだった。

だがそれは他ならぬ自身によって裏切られた。
黄金の光を纏って船に降臨したその姿を望美は一度も見たことがなかった。
溢れるばかりの神気、眩い光に包まれ激しい奔流を巻き起こした彼女は、望美が今まで見てきたどの運命とも道を違えていた。
何かが変わったのだ。
おそらくを取り巻く根本的な何かが。
喜びのあまり駆け寄ろうとした望美を押し止めたのは、ほんの僅か抱いた疑問。

神子の力としては強すぎるそれを支えるだけの土壌がにあるのだろうか。

神子の力は神の力。
器である神子にとって強大な力は諸刃の剣だ。
望美も何度か白龍の力に飲み込まれそうになったからこそわかる。
の力は人間が扱えるものではないと。
気付いた瞬間背筋が凍った。
過ぎる力は使う者をも滅ぼす。
同じ神子だからわかる。
の力は望美のものよりも遥かに強大だ。
彼女が誰の神子になったのかわからない。
だがこの力がの命を縮めていることだけは確かで、今この場で気付いているのはどうやら望美だけのようだった。
失ってしまう。
その恐怖は今までの比ではない。

、駄目!! それ以上力を使ったら死んじゃう!!」

必死の声に振り返ったのは一瞬。
ふわり、とまるで花が開くように笑った姿はこの世のものとは思えないくらい美しく、そして彼女の覚悟をつきつけた。

瞬時に消えた2人の姿。
平家の船は既に一隻も残らず海から消えていて、海は何事もなかったかのように静けさを取り戻している。

…」

どれほど大きな力であろうと、器が人間である限り限界はあるのだ。
望美はそれを白龍から教わったし、望美以上に力を持つがそれを知らないはずはない。
また失うのか。目の前にいながら、またもや親友を助けることができないのか。
親友とも家族とも思っていた少女だ。
これから先もずっと一緒にいようねと幼い頃交わした約束は望美の中ではまだ有効で、それなのに先に逝ってしまうなんてひどすぎる。

「そんなの嫌!!」
「あ、おい望美!」

源氏とか平家とか望美には関係ない。
どうせ成り行きで参加してしまった世界だ。
これまで何度も源氏のために力を尽くしてきたのだから、今回だけはのために力を尽くしてもいいではないか。
大切なのだ。
たった一人の――。

(私の半身――)

望美は走り出した。
おそらくはがいるであろう源氏の本陣へと目指して。





   ◇◆◇   ◇◆◇





最初の動揺はどこに行ったのか、ゆっくりと息をついた政子はに向かって妖艶に微笑んで見せた。

「初めまして、美しいお嬢さん。単身で乗り込んできた度胸は認めてあげるけれど、残念ね。あなたはここでおしまい」

くすくすと笑う姿は無邪気でありながら残酷さを垣間見せており、知盛はそんな政子の様子に眉を顰めた。
最初こその登場に驚いたようではあったが、その姿を見て敵ではないと判断したのだろう。
確かには武人とはほど遠い外見をしているし、手に剣を佩いていたとしても彼女の細腕で剣を扱えるとは思えない。
を知っている知盛ですらそう思うのだ。
初対面の政子が警戒を解いたところで不思議ではない。
それでも剣から何かしらの威圧を感じるのだろうか、視線はというよりは刀へと向けられている。
船の上には頼朝と政子、そして護衛の梶原景時の姿。
対する平家側はと知盛、そして単身で頼朝の元へ乗り込んできた将臣だけだ。
その将臣ですらいきなり現れたに驚きを隠せない。

「おいおい、何でお前らがここにいるんだよ。さっさと避難しろって言ってただろうが」
「お前が単独行動取るから悪い」
「俺のせいか?!」

力を抜けば倒れそうになるを支えながら知盛は憮然とした表情で言い放つ。
の目的が将臣でないのは先ほどの台詞で明白だ。
知盛を連れてきたのは、おそらく将臣と共に撤退させるため。
己の身の振り方は頭にないだろう。

「終わりにはさせませんよ。北条政子さま…いいえ、荼吉尼天とお呼びした方がよろしいでしょうか」

静かな声が政子をそう呼ぶ。
その呼称に政子の眉がぴくりと動いた。
は表情を変えない。
湖水のように静かな眼差しのまま、ひたりと政子を見据えている。
その表情は普段のを知る人物ならば堅いと分かるものだが、初対面の政子にはそこまで見抜くのは難しいだろう。

「…あなた」
「貴女は少々勝手をしすぎました。ここは八百万の神がおわす国ではございますが、いくら神とは言え無礼を通して良いところではありません。我が神におかれましては不快を示しておりますゆえ、どうぞ、今すぐご自分の国へお戻りください」
「…嫌だと言ったら」
「それは勿論」

持っていた剣を横に一閃する。
はらり、と政子の髪が舞い、頬に一筋の傷をつける。
顔色を失くした政子には初めて笑みを浮かべた。
望美に見せた笑顔とは違う、神々しい空気を纏った笑みは正に「比売神の如き」美しさだ。

「この剣の錆となっていただきます」

それは明らかな宣戦布告だった。


  • 10.09.30