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旅は道連れ世は情け


将臣と譲は望美に甘いとよく言われるけれど。
それと同じくも幼馴染にはめっぽう甘い自覚はある。
大好きな幼馴染に両手を握られてキラキラ輝く目で「お願い」なんてされれば、答えは簡単。

頷く以外に何ができよう。

「じゃあ、借りていくね」

頷いたの手を取った望美が嬉しそうにそう言うものだからうっかり見送ってしまいそうになった将臣だが、一瞬後に我に返って慌てて引き止めた。

「いやいや、待て。ちょっと待て。お前ら2人だけで外出するつもりだったのか」
「そうだよ。だって久しぶりのとのデートだもん。男2人は邪魔」
「望美…お前な、今の時代がどれだけ危険な場所かわかってるんだろうな。俺達の世界みたいに治安良くないんだぞ。夜盗に捕まって身包み剥がれて人買いに売られたっておかしくないんだぞ」
「やだ、将臣くん。心配症」

からからと笑う望美に危機感というものは皆無だ。
最も望美はこちらの世界で剣を学んだということもあるだろうが、1人でふらふらと出かけていく傾向がある。
そういえば熊野へも仲間と一緒に来たと言っていたが、今は単独行動だ。
望美に関しては過保護と言っても過言ではない譲ですら彼女の単独行動を認めているということは、望美にとって1人で出歩くことは危険でも何でもないことなのだろうか。
確かに普段の活躍を知っている将臣としては望美をそう簡単に拐かせる相手もそういないだろうとは思うが、物事には万が一ということがある。
況してやも同行となればもっての他。
ただでさえ目立つ容姿の望美が、いかにも良家のお姫様といった風情のと一緒にいれば、不安は二倍どころか二乗である。
は多少の護身術は学んでいたらしいが、それでも剣を持った相手には無力だ。
いくら望美でもを人質に取られて戦えるとは思えない。
幼馴染でなくても認めることはできないだろう。
況してや自分よりもを溺愛している知盛が賛成するとは思えない。
表情こそ笑っているが目が冷ややかなのがいい証拠だ。

「いいか、望美。男は狼なんだ。特にこの時代なんだから用心に用心を重ねたってやりすぎってことはないんだ。土地勘もない熊野で女2人で歩いてて拉致られましたじゃすまないんだぞ」
「やだ将臣くん。お父さんみたい」
「やかましい。ということでお前ら2人での外出は却下。俺と知盛が同行しなければ認めない」

横暴だ何だと文句を言いつつもふくれる望美の手を取り強引に外へ連れ出す将臣の姿は哀しいかな妙に手馴れていて、そんな2人の様子を面白そうに見つめている知盛の視線は2人は気づいた様子はない。

「あの2人は、面白いな」
「将臣くんと望美のこと?」
「あぁ。まるで恋仲のようでもあり、恋敵のようでもある。見ていて退屈しない」
「幼馴染だからね。私と将臣くんも似たようなものだと思うよ」
「そうだな」

そう言われてみればが将臣に対する態度も望美と似ているところがある。
尤もは彼女ほど元気が有り余っていないが。

「さて、そろそろ行くとするか。でないと煩くてかなわん」

すっかり小さくなってしまった2人が自分達を呼んでいることに気づいた知盛が、へと手を差し出す。
知盛は傍若無人のように思われているが、実はかなり細やかな性格をしているのだと気づかされるのはこんな時だ。
旅装束は不慣れなは、意外と歩きにくいこの衣装に時々足を取られてしまうのだ。
そんなを気遣ってくれる知盛の好意がありがたかった。
は知盛の手に自分の手のひらを乗せて、ゆっくりと歩き出す。
そんな2人の姿を見て望美が慌てて知盛を引き剥がそうとするのは10秒後。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「舞をねぇ」

何がどうしてそうなったのか、正直にはさっぱりだ。
舞を披露する白拍子が突然の腹痛。
そんな彼女が傍にいることを知らないで舞の話を出してしまったが悪かったのか、楽しそうに舞の話をした望美が悪かったのか。
それとも調子に乗って「じゃあお前舞ってみろよ」と言った将臣が悪いのか、それともそれらを全部しっかり聞いた上で強引に代理をさせてしまった白拍子が悪いのか。
とりあえず全部だろう。

壇上には望美の姿。ひらりはらりと赤い舞扇が揺れる。
その姿は目を奪われる美しさだ。
知盛ですら面白そうにその姿を見つめている。
舞い終えて一礼。周囲から歓声が上がる。
何て美しい舞いだ、寿命が延びた、という声は当人ではないけれど聞いていて嬉しい。

そこまではよかったのだ。

「何で私が…」

がっくりとうなだれているのはだ。
壇上へ向かう足が重いのは仕方ない。
まさか自分が舞うことになるとは思っていなかったのだから。

「仕方ないじゃない。私『柳花苑』って舞は知らないんだもん」

さらっと答えるのは望美だ。
そうだけどと小さく不満を漏らすのは、白拍子姿の
望美の舞が見事だったと観客に囲まれたまではよかった。
1人の老人が「柳花苑を見たい」と言ったのが事の発端だ。
舞を習ったと言っても望美の師匠は梶原朔。
舞を本職としていたわけでもないし、そもそもそれほどのレパートリーを習ったわけではなかった。
柳花苑は名前は知られているけれど実際にその舞を見たことがある人は非常に少なく、実際その老人しか柳花苑のことを知らなかったので、望美が踊れないとなれば本来ならそこで話が終わるはずだったのだ。
知盛の余計な一言がなければ。

「お前なら、踊れるだろう」

衆人の前でそう断言されて断れる人物がいたら連れてきてもらいたい。
いや、知盛なら面倒だという一言で切り捨てられるだろうが、はそこまで冷酷になれない。
況してや望美からも是非にと言われてしまえば断れるはずもなく、せめてもの抵抗に舞えるような格好ではないからと言ってみたものの、腹痛で休んでいるはずの白拍子が満面の笑みで衣装の予備ならあると言い出したものだから、の逃げ道はなくなってしまった。
あれよあれよという間に着替えさせられ壇上へ。
市女笠を外したの素顔はまるで絵巻物で描かれる天女のようで、壇の周りから感嘆の声がもれる。
舞を舞うことは嫌いではない。
極力目立つことはしたくなかったのだが、ここまで来たら逃げるのも不可能。
それならば楽しんだ方が勝ち。
ついでに巻き添えも増やした方が楽しいではないか。
の唇がやんわりと弧を描く。
周囲がどよめいたのが分かる。
ひらりと動いた扇の先にいるのは銀髪の青年。

「共にひとさし、舞ってくださいませ」

僅かに瞠られる瞳。次いでにやりとした笑み。
やってくれると小さく呟いたのをは見逃さなかった。
優雅な足取りで歩いてくる姿に、はにっこりと笑う。

「さあ、皆様。泡沫の夢をご覧あれ」


  • 09.12.19