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旅のお供は還内府


「で、どうして将臣くんまでいるの?」

馬に揺られながら疑問に思うのは、当然のように随従している将臣のことだ。
は知盛の馬に同乗している。
が1人で馬に乗れないということも当然あるのだが、徒歩や牛車で熊野に行くには時間がかかりすぎるのが最大の理由だ。
勿論この時代の貴族の女性は顔を晒すことなどないから、は市女笠を被っている。
どこからどう見ても姫君の熊野詣という扮装をしているのだが、同乗している知盛が狩衣を着崩していることですべて台無しになっているのはこの際無視してもらおう。
何せ知盛が普通の格好をしていることの方が稀だ。
宮中ではきちんと正装しているのかどうかが疑問に思っても無理はないだろう。
尤も意外とちゃっかりしているこの義兄のことだ。
お目付け役のように重衡や経正がいたのだから、心配する必要などないのだろう。
一応殿上人。その程度の礼儀は兼ね備えていると信じたい。
そんな2人の隣に並ぶのが旅支度を整えた将臣。
いかにも身分ありそうな3人の姿に、道行く人は興味津々だ。
これでは秘密裏にという当初の目的が台無しである。
は顔を隠しているからまだいいものの、知盛と将臣の2人は白日の下に顔を晒しているから、特に女性の視線は集中しまくりだ。
お忍びって何だろうとは心中で呟いた。

「そりゃ仕方ない。経正から直々に護衛についていけと言われたんだからな」
「護衛なら知盛さんだけでも十分なのに…。まあ来てくれるなら助かるけど」

正直、今の平家には自分に人手を割いて欲しくなかった。
いつ源氏が攻めてくるとも限らないし、戦に備えてしなければならないことは山のようにあるからだ。
それでも将臣が同行してくれるのはの身体を気遣ってくれてのことだとわかっているし、本音としては将臣が傍にいてくれるのは嬉しい。
ただ多忙な将臣をこき使ってしましそうな気がして申し訳ないだけなのだ。
そう答えれば将臣は嬉しそうに笑う。

「でも、本当にいいの? 今の平家は本当に大変なんだよ。怒られてもしらないから」
「経正がついていけって言ったんだからいいんだよ。第一無鉄砲なお前と面倒臭がりな知盛じゃ危なっかしくて仕方ない。経正だってそれが不安で俺についていくように言ったんだろうよ」

どうしてもが行くと言ってきかなかった熊野行きだが、将臣を初めとした主だった平家一門は、と知盛2人だけの熊野行きに不安を隠せなかった。
思い出されるのは2年前の熊野詣。
に興味を持った別当の息子が彼女に求婚をした時の惨状を、彼らは忘れていない。
勿論あからさまに牽制していたのは重衡だが知盛もその様子を面白く思っていなかったのは明白で、重衡と共に片時もの傍を離れようとはしなかった。
勿論半分ほどは面白がっての行為だとは思うが。
とにかく、知盛と別当の息子とは仲がその一件もあって仲がいいとはお世辞にも言えない。
更には熊野別当は隠居しており、跡を継いだのはその息子なのだ。
彼女が熊野へ交渉に出かける際に何を引き換えにされるか想像に難くない。
そうなれば知盛がどういう行動を取るか、想像するだけで恐ろしい。
の手腕に疑いは一片もないのだが、知盛が同行しての交渉は限りなく不安で、結果として経正に拝み倒される形で将臣がこうして後を追ってきたのだ。
ちなみに将臣は知盛・重衡兄弟が別当の息子とやらかしたあれこれは書面でしか知らない。
戻ってきたが少々不機嫌だったことは知っているが、彼らの間に何が起きていたのかまでは見ていないのだ。

『何があっても殿の御身だけはお守り下さい。知盛殿は殺しても死なない方。最悪放っておいても勝手に戻ってきます。ですが、殿はか弱い女人です。万が一にも傷一つつけることのないようにお願いいたします。大社についてからは暴走しかねない知盛を身を呈してでも止めてください。えぇ、大丈夫。頑丈な方ですからね。簀巻きにして那智の滝に放り込むくらいなら問題ないでしょう。本当にお願いしますよ』

破ったらどうなるかわからないと言わんばかりの迫力に将臣も頷くことしかできなかったのだが、中々にひどいことを言っていると思う。
平知盛。彼の人望は相当低いらしい。
熊野まではあと少し。
前回の熊野詣で何が起きたのか、精神衛生上知らない方が幸せだろう。





   ◇◆◇   ◇◆◇





知盛が外出から帰ってきたら望美を連れて帰ってきた。

!!」

将臣とは突然現れた幼馴染に言葉もない。
望美たち一行が熊野に来ていることは昨日のうちの将臣から聞いていた。
その中に敦盛の姿があったことも。
戦地にいたところを望美が保護したのだという。
龍神の神子を守る八葉という存在だった敦盛は、そのまま神子と行動を共にすることに決めたらしく、元気だから心配しないでくれという伝言を聞いたばかりだった。
重衡と同じく行方が分からなかった敦盛の無事に安堵したのも束の間、源氏方に与することになってしまった敦盛のことを経正にどう伝えようかと悩んでいた矢先に、タックルするように抱きついてきた望美――源氏の神子の存在。

! 元気だった?! 怪我してない?! 少し細くなった?! 将臣くんってばどうしてきちんとの面倒見てくれないのよ。あぁでも何だか艶が出てきたって言うのかな、すっごく綺麗になっていてこれはこれでいいかなとか思ったりするんだけど、でもちょっと顔色もよくないしもう少しきちんと食べた方がいいかも」
「あああのね、望美…」
「うん、でもやっぱり久しぶりに見てもは綺麗だね。旅装束もとっても似合ってる。うん、さすが私の

肩をがっしりと掴まれてのマシンガントーク。
何でここにとか知盛と知り合いなのかとか聞きたいことはあるのだけれど、こうなった望美は人の話を聞いてくれないのでどうしたらいいか悩みどころである。
助けを求めるように知盛を見れば、面白いものを見たというようににやにやしていて助けてくれる気配はなし。
仕方なしに将臣を見やれば、不機嫌そうな眼差しで知盛を睨んでいた。

「どうしたの、。久しぶりに会えたのに…嬉しくないの?」

不意に聞こえてきた声に目の前の親友を見上げれば、そこにはどこか寂しそうな望美の顔。
そういえば望美はの立場とか状況とか何一つ知らなかったのだ。
再会を喜ぶというより戸惑っている姿を見せたら不安になるのも当然だろう。

「ううん、まさか熊野で会うとは思わなかったからびっくりしちゃっただけ。望美に会えてすっごく嬉しいよ」

笑って抱きつけば嬉しそうな笑い声。
やはり望美はいつでもの大切な親友なのだ。
知らず敵対している立場になっているとは言え望美の何が変わるでもなく、むしろ離れている分親密度は急上昇しているような気がしなくもない。
そんな様子も相変わらずで、こうして2人で笑っていればまるで昔に戻ったみたいだ。
お互いの立場なんて、多分望美には関係ないのだろう。
そしてそれはにも言えるのだ。
望美は親友だ。そして2人の関係は源氏も平家も関係ない。
そんな甘いことが許されるとは思っていないが、ここは戦場ではないのだ。
傍にいるのは知盛と将臣のみ。連れてきたのは知盛なのだからお目こぼしくらいしてくれるだろう。

「ところで、も熊野詣?」

不思議そうに首を傾げた望美には頷いた。
やはり真実は言えないのだと心の中で謝罪しながら。

「最近戦ばかり起きてるから。早く平和になりますようにってお願いにきたの」
らしいなぁ。でも治安悪いのに旅なんて危ないよ。まあ、将臣くんと知盛がついているのなら安心だと思うけど…」
「ふふ、望美は相変わらず心配性だね。大丈夫だよ。世の中そんなに悪い人ばかりでもないんだから」
は警戒心がなさすぎ。あ、じゃあさ、私達と一緒に…は無理か」

知盛を視界に入れて望美は残念そうに呟く。
どうやら知盛が平家の武将だということは知っているらしい。
その知盛と同行しているからが平家で世話になっていると察してくれたのだろうか。
歴史は壊滅的に苦手な望美だからどこまで知っているかは不明だが、少なくとも源氏と平家の確執までは知っているらしい。
それよりも気になるのは望美に感じる違和感だ。
どうもが知盛と同行していることに驚いた様子がない。
知盛が事前に話したのかもしれないが、もともと知盛は必要なことすら話さない傾向がある。
望美とが既知の人物であるということを話した覚えはないし、に関しては過保護になる知盛が源氏の神子である望美をこの宿へ連れてくることはとても珍しい。

「望美はどうして知盛さんと一緒に来たの? 他の人と一緒だったんでしょう?」
「今日は1日自由行動なの。それでちょっと散歩に出たら雨に降られちゃって、雨宿りした木で知盛と一緒になったのよ。で、この面倒臭がりやが1人で行動することなんてないだろうから誰かと一緒なのかなぁと思ったらと一緒だって言うから連れてきてもらっちゃったの」

それでいいのか護衛と思わなくはなかったが、予定外に出会えたことは確かに嬉しいので理由は問わないことにしよう。
たとえ問いただしてもまともな回答が返ってくるとも思えない。

望美の態度も知盛の態度もひっかかるところは多々ある。
先日会った望美にはが平家で世話になっているとは一言も話していないのだ。
それなのにが平家の武将である知盛と一緒にいることに疑問を抱いていないし、将臣が同行していることにも気にしていないようだ。
むしろ将臣は存在自体認識されているか怪しいところだが。
消えない違和感に、だが原因がわからずは内心で首をひねる。
望美に警戒するつもりはないのだが。

「でね、私今日はずっと単独行動なんだ」

唐突に告げられた言葉に、がうん?と首をひねる。
目の前では輝かしい笑顔の望美。
その両手はがっちりと自分の手を握り締めていて。
何だかとっても懐かしい記憶が蘇ってくる。
あれは確か中学生の時。
テスト期間で1日学校が休みになった日だったか。
翌日は歴史のテスト。
勿論歴史が得意なと将臣はそれほど勉強しなくてもすむが、一番勉強しなければならない人物がの手を取って同じ台詞を言っていた。

「だからね、一緒に熊野観光しようよ」

熊野に来たのは目的があってのことなのだろうに。 元気な幼馴染の欲求のままに行動する性格は、まったく変わっていないらしい。


  • 09.11.17