「っ!!」
がしっと音がしそうな勢いで抱きつかれた。
2人の間に挟まれて帝が苦しそうな声を上げたけれど望美は気づいていない。
むしろ向こうの世界にいるはずの親友がこちらにいる――しかも妙に馴染んでいることのほうが気になってそれどころじゃないのだろう。
「馬鹿馬鹿! 全然連絡くれないでどうしたのよ!」
そっちかいと将臣が冷静に突っ込んだ。
ぎゅうぎゅうと抱きしめる望美にちょっと放せとは到底言えない。
昔から第一の望美だ。
ここで引き離そうものなら間違いなく後々まで恨みを買うだろう。
苦しそうに顔を歪める帝には悪いが、美女2人に囲まれてるのだから勘弁してもらおう。
後でお菓子買ってやるからなと心の中で謝罪しつつ、将臣は目の前のある意味眼福な美しい少女たちを眺めた。
「どうしてがこっちの世界に?! あ、しかも微妙に大人っぽい」
「あぁ、私19歳になったから」
「19歳?! っていつからこっちにいたの?! まさか白龍に呼ばれたの?」
「えと…来たのは4年前で、神戸に引っ越した1週間後だったんだけど。呼んだのは白龍とかじゃなくて、えっと、つまり…そうっ、偶然なの偶然!」
「4年前って…だから手紙もメールも全然くれなかったんだ。寂しかったんだからあっ!」
「ごめんね望美。連絡したくてもできなくて」
「が無事ならいいよ。将臣くんと一緒にいたのなら安心だし。何もなかったよね?」
ギン、と鋭い眼差しが向けられて将臣はこくこくと頷いた。
この視線の望美に逆らってはいけないと長年の経験が語っている。
じと〜っと恨めがましい目つきをしているのは、おそらく再会した時にの存在を知らせなかったからだろう。
教えたいのは山々だったのだが、教えたら間違いなく会わせろというに決まっている。
はそれこそ無断で抜け出すことはしょっちゅうなのだが、本来は望美のように気軽に外出できる身分ではないため、会わせるには必然的に望美を福原に連れてこなければならなくなる。
望美はと違って歴史の成績はさっぱりだったから、おそらく連れて行ったところであの平家だとは気づかないだろうが、やはり連れて行くのは色々とまずい気がする。
連れて行かない理由の中に自分が還内府と呼ばれていることを知られたくなかったというのも多分に含まれているのだが、自分の気持ちに鈍い将臣はそれに気づいていない。
不足を埋めるのと言いながらぴったりとに抱きついている望美は、どうやら間に挟まれている帝を邪魔だと感じたらしく、幼帝は既に腕の中から外されている。
けほけほと苦しそうに咳き込んではいるものの、望美の無礼を咎めないあたり大物だ。
尤も望美の迫力が怖くて声が出なかっただけかもしれないが。
「あのねあのね九郎さん。この子が私が前に話した親友の。どう? すっごく可愛いでしょう。お人形みたいでしょう。お姫様みたいでしょう! いやん、もう。こんなに綺麗になってるなんて、私嬉しい!!」
「は…はぁ…」
3年弱離れていたとは言え、馬鹿は健在だったらしい。
何やら激しくテンションが上がりまくっている望美に九郎どころか自身も口を挟めない。
九郎さん?と首を傾げただけだ。
その瞳が僅かに眇められたことは、その場にいた誰もが気づかなかった。
「ねえねえ将臣くん。このままも一緒に景時さんの家に戻ろうよ」
「あー…そりゃ無理だ。悪ぃ」
「えー」
「ごめんね、望美。でも戻らないといけないから」
「そういうこと。だけならまだしも、こんなちっこいのと御婦人に治安の悪い京の中を歩かせられないだろう」
将臣が親指で示すのは帝と時子。
事情を知らない望美には彼らの素性はわからないだろうが、京には源氏の軍が駐屯している。
身なりから平家だと思われても困る。
何よりも、今頃福原では大騒ぎになっているはずだ。
の失踪だけならばまだ耐性がある。
だが帝と時子までいないとなれば誘拐だ何だと屋敷中が右往左往しているに違いない。
のんびり寄り道なんてしていたら、戻ってから自分の方が何をされるかわからない。
「ん…。じゃあ仕方ないね。でもまた会えるよね」
「うん。望美に会えて嬉しかったよ。4年ぶりだけど全然変わってなくて安心した」
「私も。に会えて嬉しかった」
別れのハグもなかなか離れない。
お前は一体どこまでのこと好きなんだと言いたいところだが、多分誰よりもとか言いそうだなと思い言葉にはしなかった。
実際、九郎や朔などは何となくわかってしまったらしくて口も挟まない。
京へと戻っていく後ろ姿が見えなくなるまで見送って、は袿を被りなおした。
わずかに表情が固いのは気のせいだろうか。
「望美も譲君も、無事だったんだね。よかった」
「あぁ。あいつはどこでも生きていけるな。ちゃっかり世話になる人まで見つけてさ。たくましいぜ」
「安心したくせに。憎まれ口は可愛くないぞ」
「うるせー。それよりお前、本当に戻ったら仕置き決定だぞ」
「あ、それやだ。先に戻って何事もなかったふりしておくもん」
「させるかよ」
「いやだ。将臣くんのいじめっこー!」
ぷい、と拗ねる姿は可愛らしいが、そんなことで見逃してなどやらない。
逃げられないように片腕で拘束して、さて帰ろうかと2人へ視線を向けて。
その向こうに銀色の輝きを見つけた。
「帝…母上…。こちらでしたか」
ひっ、と声にならない悲鳴を上げたのはだ。
将臣の腕に抱かれてる――もとい、拘束されているを認めて知盛の眦が跳ね上がる。
面白くなさそうな表情は将臣に抱きしめられているように見える今の体勢か。
「ほう…。珍しい花が、ここにも一輪…」
将臣の腕をべりっと引き剥がして、小柄な身体をひょいと抱え上げる。
片手で軽々と抱えられるのはが軽いということも勿論だが、知盛が見かけ以上に鍛えていることを意味している。
将臣とてを抱えることは可能だが、さすがに片手だと長時間はつらい。
「…。自由も過ぎると、怪我をするぞ。身を以って思い知らねばわからぬか」
「いや、あの、だから…そういうつもりじゃ本当になくて…」
「まあ、言い訳はいいさ。後でゆっくりと教えてやろう…身を以ってな」
「?!」
くつくつと笑う姿は残忍。
頭の中では何やらお仕置きの思案中か。
ペロリ、と首筋を舐められては震えた。
心境はまさに肉食動物に捕らえられた草食動物のそれだ。
「まままま将臣くん。助けて!」
「悪い。それ無理」
「やだやだお嫁にいけなくなっちゃう!」
「そしたら知盛がもらってくれるさ」
「大事に、するぜ…?」
「疑問符がついてるから信用できない! てかそういう問題じゃないし。重衡さんに合わせる顔がないようっ」
「あ、やっぱりお前と重衡ってそういう関係か」
「今はそんなこと関係ないから!」
「さて、帰るか。帝、母上、よろしいですね」
「うむ。仕方ない。御祖父様に会うのは次の機会にする」
「そうですね。いつまでもここにいても意味がありませんし。皆さんに心配をかけているのも心苦しいですね。早く戻りましょう」
「ほら、だからいつまでも我侭言うなよ」
「私のせいなの?! 将臣くんのお馬鹿〜!!」
- 09.01.25