「お約束すぎる…」
振り返った先にいる、明らかに賊とわかる薄汚れた衣服に身を包んだ男たちを見ては額を押さえた。
抜き身の刀を手にした姿を見ても驚かなくなったのは慣れだろうか。
少なくとも手合わせをしている将臣と知盛に比べれば、明らかに相手に覇気がない。
否、仮にも強盗なのだからそれなりの威圧感はあるのだろうが、何せ比較対象が平家を率いる武将2人だ。
そのへんの盗賊風情に比べるべくもない。
「おっと、こっちの姫さんは随分と別嬪さんじゃねえか。これなら金目のものがなくても十分高く売れるぜ」
と時子と帝。
3人が3人とも恐怖を抱いていない様子でいるのに気づかない男たちは、不躾にも袿を被ったの顔を覗き込んで口笛を吹く。
「2人には指一本触れさせませんよ」
賊の言葉に時子が反応した。
その眦が険しくなっているのは、義娘であるが人買いの対象にされたことに対する憤りか。
さすがは清盛の妻。
賊にも刀にも怯むことなく対峙する姿は凛として美しい。
だがいくら何でも時子に賊と対峙するだけの力はなく、は時子を庇うように半身前に出た。
その拍子に被っていた袿がはらりと下がり、露になる美貌に男たちが下卑た浮かべた。
「この方たちに無礼な真似は許さない」
「へえ〜、誰が許さないって言うんだい、別嬪さん?」
にやにやと笑う姿は明らかにをなめきっていて。
確かに武人ではないけれど、女だからという理由で甘く見られたくない。
懐に伸ばされた手が止まる。
懐剣などでは対処できない。
となれば…。
の手が明確な意思を持って握られた。
力は身に溢れている。
呼ぶことは簡単。退けることも、多分簡単――。
だが…。
「とりあえず、俺は許さねえ…かな」
「――っ!」
布都御霊を具現させようとしたと同時に聞こえてきた声に慌てて振り返れば、そこには見慣れた幼馴染の姿と他に数人の姿。
思わず喜色を浮かべればの存在に気づいたのだろう将臣の瞳が大きく瞠られて、そういえば外出禁止を言い渡されたなんてどうでもいいことを今更ながらに思い出して慌てて袿を被りなおした。
――手遅れなのは重々承知しているのだが。
「お前――」
「待った、ストップストップ! それよりもこの人たちが先!」
「ったく…後で覚えてろよ」
一瞬で激怒の表情を浮かべた将臣に敵を押し付けておいて、は帝をぎゅっと抱きしめる。
いくら戦乱の世とは言え、まだ頑是無い子供に乱闘の場面を見せたくはない。
敵を無傷で捉えることができるなら話は別だが、この時代人の命はとても軽いから、少なくとも多少なりとも手傷を負わせてしまうだろう。
「将臣くん、この人たちは…」
朗らかな声にが弾かれたように顔を上げる。
「よくわからないが…、この人たちを守ればいいのか、兄さん」
「そういうことだ。お前はものわかりがよくて助かるぜ」
「まさか…」
「殿?」
もう1つの声は記憶のものよりも低くなっているけれど。
忘れたことなどない。この声…。
どうして彼らが?
疑問は頭を巡るけれど言葉にならない。
今はそれどころではないと頭のどこかでわかっているからかもしれない。
それでも視線は離れない。
凛々しく剣を振るう薄紫色の髪をした少女と、少女を補佐するように矢を構える少年の姿を。
「望美…? 譲、くん…?」
◇◆◇ ◇◆◇
相手はたかが盗賊、将臣の相手ではない。
だが将臣に加勢する2人の人物の実力も相当なものだ。
驚くのは薄桃色の髪の少女――望美。
華やかな雰囲気の少女は、色とりどりの衣装を身につければさぞや艶やかであろう。
だが彼女が身に纏っているのは、確かに華やかな色彩ではあるけれど武将の身に着ける陣羽織ににた着物で、足元はこちらの世界では珍しく太ももまで見えるミニスカートだ。
蝶のように華麗に舞い剣を振るっていく姿は見事の一言につきたが、は呆然とその姿を見るしかできない。
だって、は知っているのだ。
彼女が武芸の嗜みなどまるでないことを。
それなのに振るう剣の先は迷いがなくて。
盗賊の皮膚一枚を傷つけるだけで止める技量は将臣と同等ではないだろうか。
無事だったのは嬉しい。
こちらの世界に飛ばされる時にはぐれたと将臣から聞かされて、ずっと心配していたのだ。
平家が大変な立場になっているから表立って捜索はできなかったけれど、こっそり屋敷を抜け出しては望美に似た少女を見たことがないかと聞いて回っていた。
危険な目に合わずに、のように親切な人に保護されていてくれればと、どれだけ願っただろう。
無事だったことは嬉しいけれど、こうして剣を振るう姿を見てしまえば、彼女が戦の渦中に身を置いていることは想像がつく。
だからこそ嫌な予感が胸をよぎった。
源氏に前線で戦う少女がいるとは聞いたことがない。
まさか、でも。
あっという間に事態は終息されたのだが、ぐるぐる思い悩んでいるは気づかない。
「〜」
「きゃあっ」
どすの利いた低い声と同時に肩をがしっと掴まれて、は文字通り飛び上がった。
「ふらふらすんなっつってんだろう! しかも今回は2人も引き連れてか?! お前は何だ? 俺の仕事を増やしたいのか?!」
「あ…あのね。これは何というか予想外のアクシデントというか私のせいだけじゃないっていうか…」
「問答無用だ。お前の仕置きはあいつらに任せる」
「将臣くん、ひどい」
重衡と知盛に屋敷を抜け出したことを告げると言われては真っ青になった。
相変わらずの過保護というか溺愛ぶりの義兄たちだ。
今回は本当に偶然帝の外出に同行しただけであって、あくまでも自身は外出するつもりはなかったのだけれど、将臣にしてみたらどちらも大差ない。
むしろ幼い帝や時子が外出することを止めなかったことへの怒りも含まれているのは気のせいではないはずだ。
「将臣くんの馬鹿ばか意地悪」
「お前が悪い。自業自得だ」
しゅんとうなだれたが腕の中の帝にすがりつくようにぎゅっと抱きしめる。
重衡が見ていたら、たとえ帝が相手でも嫉妬するんだろうなぁなんて関係ないことを考えていた将臣の耳に、呆然とした幼馴染の声が響いた。
「え…、なの?」
「、先輩…?」
あ、忘れてた。
果たして数年ぶりの再会はそんな感じで始まったのだ。
- 09.01.24