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計画は行き当たりばったり


源氏と平家の戦は一進一退。
京を追われた平家は一般的に見れば劣勢だが、その兵力は未だに衰えていない。
怨霊の使役や還内府の存在は生者にとっては脅威でしかないが、お陰で平家は戦わずして勝利を収めることも少なくない。
源氏の台頭は目覚しいものがあるが、彼らは平家と違い一枚岩ではないとは言う。
戦略を考えるのはの仕事だ。
歴史を知っているということも勿論だが、武力で敵を屠るよりも少しでも両軍の犠牲を少なくしようというの案を、将臣や重衡が支持してくれたからだ。
本来ならば戦には一切関わらせたくなかったはずの将臣もの知識は無視できず、況してや放っておけば1人で暴走しかねないを抑えておく最良の手段だと誰もが納得したからだ。
歴史を知るならではで源氏の進行を逆に利用する形で立てられたの作戦のお陰で、確かに戦況は不利ではあるけれど圧倒的な敗戦には追い込まれておらず、むしろ十分な兵力を維持している。
その言葉を証明するように頼朝と勢力を二分していた木曽義仲は身内である義経に討たれた。
頼朝の名代として義経が京へ上洛したという噂はの耳にも届いていた。
源義経。
兄の言うままに武功を上げ、後白河法皇からも重用された時代の寵児。
最終的には兄からも法皇からも見捨てられ不幸な最期を遂げた有名な武将。
彼をこちらに引き入れることができれば、時代は変わるだろうか。

「って言っても無理なんだけどね」

は持っていた筆を戻して床に寝転んだ。

頼朝の思惑はともかくとして、義経が兄頼朝を慕っているのはあまりにも有名だ。
の世界とそう変わらないこちらの世界でもおそらくそれは同じだろう。
義経との戦は今後どうあっても避けられないとなれば少しでも多く情報が欲しいところなのだが、源氏が上洛してきてからというもの京の治安が一層悪くなってしまったための外出は見事に却下されてしまっている。
福原ならまだ多少外に出ることも可能だが、京へ行こうものなら護衛に泣きながら懇願される始末。
こっそり抜け出してみたくても彼らが処罰されると言われてしまってはそれもできない。
将臣――還内府の命令ならばどうにでも言い包めることは可能だが、命令は清盛直々となってはですらどうすることもできない。
遊びに行きたいという単純な理由でないのだから見逃してもらいたいと思うのだが、相変わらずの溺愛傾向に最近では更に拍車がかかってしまったものだから多分言っても無駄だろう。
見かねたのために現在は将臣が京の様子を探りに行っているが、最近では将臣自身も中々に有名人となっているから偵察も大変だろうなと思う。

「はあ…、散歩でもしよう」

煮詰まった時は散歩に限る。
幸いこの屋敷も六波羅と同様無駄に広いし警備は万全だし、庭を散策ぐらい供を連れずとも問題はないだろう。
良家の姫君らしくなく行動的なは、おそらくこの屋敷の誰よりも庭に関しては熟知しているだろう。
そういえば南門の近くに遅咲きの梅が咲いていたはずだ。
屋敷からは遠く道からも少し離れたところにある梅は桜が咲き始めたこの季節に通常よりも少し遅れて咲き始めた。
少々人目につきにくい場所にあるにも関わらず健気にも美しく咲いている。
季節外れだからまもなく散ってしまうだろう。
それを少しだけ手折らせてもらって部屋に飾ろう、時子や帝の部屋にも持っていけば喜んでくれるだろうかと思いながら裾を持ち上げて歩いていけば、門の傍に見知った人物の姿を発見した。
平家の公達は皆上等の着物を着ているけれど、それはひと際豪奢な狩衣で、身に纏う姿は似合っているものの背はどの公達よりも低い――いや、幼い。

「帝…と、義母上?」

こそこそと人目を避けている姿は明らかに怪しい。
ならばともかく典型的な貴族の正室である時子がそのような行動をすることはない。
呼びかけた途端びくり、と縮こまった小さな背中に、何かを企んでいるなとすぐに察することができたのは、自分もよくそういう行動をするからであって。

「…殿…」
「何をしているのですか? 隠れ鬼ってわけでは、ありませんよね」

ややして幼帝から告げられた言葉に、はため息を落した。





   ◇◆◇   ◇◆◇





福原から京まで徒歩で行くと一体どれだけの時間がかかるのか、興味はあるけれど試してみるつもりは毛頭ない。
安徳帝がに白状した内容は、将臣の後を追って自分も京へ行き後白河院に平家の味方になるよう頼むことだった。
明らかに無謀だとわかる内容、そしてそれが決して実を結ぶことがないとわかっているけれど、幼い子供の願いを打ち砕くにはしのびなかった。
本来ならば1人で出かけようとしていたのだと聞いてが言葉を失う。
時子も同様だったらしく、それならと同行を申し出たのだそうだ。
どうせ屋敷を出る前に見つかるだろうと思っていたのだろうが、幼い帝は屋敷内をと一緒に行動することが多いため、邸内の警備が薄い場所をしっかりと覚えていた。
警備の交代となる時間を見計らって屋敷を出ようとした計画性と実行力は成長したあかつきにはとても頼もしいものになるだろうが、まだ10歳にも満たない少年にとっては無謀でしかない。
原因が自分にもあると理解したは説得を試みたが、祖母である時子が頼んでも無駄だったのだ。
の頼みも子供の一途な願いの前に却下された。
それならばと、は時子と同じく同行を申し出た。
かと言って福原から京までの長い道のりを旅慣れていない2人と歩くのはあまりに危険で、さすがに無謀だと言われるもそれはできなかった。

「少し、目を閉じていてくださいね」

言われるままに目を閉じた2人を確認して、は小さく何事かを呟いた。
ふわりとした浮遊感とともに目を開けたらそこはもう京の外れで、一瞬自分の身に何が起きたか分からなかった幼帝は、理解した瞬間目を輝かせてを見上げた。


「すごい、すごい! これが神の力というものなのか?! あっという間に屋敷の外だ!」
「人目がありますから京からすこし離れた場所ですけど、ここからなら歩いて京に入れますよ」

他者を伴っての時空移動は行ったことがなかったけれど、さすがにこの程度の力の行使では体調に異変は起こらないらしい。
少々眩暈がする程度だが、これは乗り物酔いと大差ないためしばらくすれば消えるだろう。
それよりも気をつけなければならないのは、これから先のことだ。
何しろ自分たちは現在京を支配している源氏の仇敵であるし、幼帝も時子も平家にとってなくはならない大切な存在だ。
危険な目に合わせないように細心の注意を払わなければいけない。
が身に着けている武器は少なく、普段から懐に忍ばせている懐剣だけだ。
それだって実際に鞘から抜いたことなどない。
覚える必要はないと義兄達から悉く却下されていたお陰で簡単な護身術程度しか教わっておらず、剣を手に戦う技術を知らないのだ。
だがそれでも同行を申し出たのは、いかにも貴族と言った幼帝と時子だけでは賊に襲われた時に身を守るどころではなく、まず間違いなく命の危険があるからだ。
と同じ民間人だが、身を守る術だけで言えばはこれ以上ないほどの加護を得ている。
神子の力を使えばいざという時に2人を守ることくらいできると思ったからだ。
少なくとも、2人が無事に将臣と合流する手助けくらいにはなるだろう。

「さて、早く将臣くんと合流しましょうか」
「うむ」



「それは困るなぁ」

侮蔑を含んだ笑い声が背後で響いたのはその時だった。
まったくもう、とは再びため息をついた。


  • 09.01.11