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歪み


事態とは、こうして動いていってしまうのか。
そこにあるのは個人の意思など関係なく。
ただ、大きな絶望と、悲痛なほどの願い。



「惟盛、さん…?」

姫、私は手に入れたのですよ。何者にも脅かされない、強い力を。そう、貴女と同様にね」


そう笑う惟盛の笑みは禍々しく、そして妖しかった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





惟盛が自らその命を絶ち怨霊として復活したことは、周囲の予想以上にを打ちのめした。
惟盛がここ数年悩んでいたのは知っている。
平家の危機に武功を立てられない自分への不甲斐なさや、将臣が敬愛する父・重盛と呼ばれることに対する複雑な心境などに対して、出口の見えない迷路に迷い込んだかのように思い煩っていた。
それでも彼はいつも穏やかに笑っていたから誰も気づかなかった。

惟盛が自ら怨霊となる道を選ぶなど。

怨霊には人間とは違う圧倒的な力がある。
それは清盛や敦盛を見ていれば一目瞭然だ。
惟盛がそれに魅入られたとは思わないけれど、こうして平家はいずれ生者のいない死の軍団になってしまうのではないだろうかという恐れがの心から離れない。
自然と口数が少なくなったを心配する者は多かったが、だからと言って慰めることなどできることがなく、又、自身それを避けているところがあった。
思い煩っているの救いになったのは幼馴染の将臣の存在で、何も言わなくてもの意図を汲んでくれる将臣はかなり大きい。

「どうしたら、いいんだろうね」
「…お前はわかってるんだろう」
「……そうだね」

将臣の背中によりかかりながらは呟く。
皆が平和になれる方法。
それがどうしても見つからない。
戦は否応なく激しさを増し、1人、また1人と命を落していく。
の力は歴史の流れにはどうしても及ばなくて。
やるせなさに伏せた瞳から透明な雫が頬を伝って落ちた。
小さな頭を抱え込めば聞こえてくる小さな嗚咽。
は弱い。
強く見えてもまだ10代の少女で、誰かが守らなければ一人で立つこともできない。
が強く見えるのは、彼女が強くなろうとしているからだ。
細い肩に大きな使命を背負い、小さな手のひらで必死に零れていく命を救おうとしている。
己の身を犠牲にして、それでもまだ足りないと嘆く彼女に一体何を言えるだろう。
人の身では限界がある。
神子と呼ばれようと本質は只人でしかないのだ。
実際は十分やっていると思う。
将臣のように前線に出て戦ってはいないものの、物資や食料の調達や怪我人の介護などの後方支援はの指示によるものが大きい。
食料や水、薬などは戦に欠かせない物資だ。
資金難の現在にそれらを集めるのは至難の業に近い。
それを――どのような方法でかは知らないが十分な量を揃えてくれたことは、戦で手柄を立てることよりも大きな功労となる。
十分すぎるほどに働いている。
だから嘆かなくていいのだと言ってやりたい。
が自分の元に来る時は、大抵心がくじけそうになっている時だ。
思い切り甘えさせて守ってやりたいと思う。
もういいと、十分だから気にするなと。
そう言って涙がおさまるまで抱きしめてあげたい。
だが、が望んでいるのはそんな言葉ではないのだ。
弱っているを慰めるのは自分の役目ではない。
それは他の2人の仕事であって、将臣の仕事は弱くなっている彼女の心を奮い立たせること。
こういう時、幼馴染というポジションを恨みたくなってくる。
惟盛が怨霊となったことで一番傷ついているのがだ。
が望む未来は皆が幸せに暮らすこと。
そのために戦を終わらせようとしているのだが、惟盛が怨霊となったことはその希望と反して戦が激化していることを証明していた。
将臣たちの世界では世を儚んで自害した惟盛。
惟盛はこちらの世界でも線の細い優しい男性だった。
同じ道を辿らないことを願っていた。
だが、結果として惟盛は自らの手で命を落した。
怨霊となり、平家に絶大な力をもたらすために。
何かが間違っているとは思う。
だが、怨霊として負の感情に支配されている惟盛には、もはや将臣の言葉は通じず、むしろ父・重盛の名を騙っていると憎まれている始末。
どうしたらいいかなんて将臣の方が教えてほしいぐらいだ。



「…もう、大丈夫」



どれだけの時が流れたか、ようやくは将臣の腕から抜け出した。

「答えは出たか?」
「うん。…戦を終わらせる。どれだけ犠牲が出ても。皆が幸せに暮らせる未来を、きっと築いてみせる」
「そっか」

弱いくせに強がりで、掲げる理想はどこまでも崇高で。
彼女の求める未来を知っているから、将臣は仕方ないと小さく息をつく。
選ぶ道が茨の道なのはわかっているけれど、それが最善の道なのだとしたら選ぶしかない。

「だから」

涙に濡れた漆黒の瞳に宿るのは、強い意志。



「荼吉尼天を倒すよ。私にしかできないことだから」


  • 09.01.06