徳子が亡くなった。
運命に翻弄された人だった。
後宮に上がり皇子を授かり、女性としての最高位である中宮という位へと上り詰めた女性は、多くの家族に看取られながら福原の屋敷でひっそりと息を引き取った。
と違い生まれながらの姫君である徳子は、御所から戻ってきてからは自室からほとんど出ることもなく、息子とともにひっそりと余生を過ごしていた。
が対面したのは数えるほど。
儚く、線の細い、とても美しい女性だった。
昔はおてんばで幼馴染を困らせていたのよと笑う姿はどこか可愛らしくて、帝の愛らしさはこの女性に似たのだと何となく思ったものだ。
姉と慕うには恐れ多かったが、向けられる笑顔が温かくて幾度となく交流を交わしていた。
幼い帝がに懐いてくれた縁もあり、実際に会うことは少なかったけれど文の遣り取りは頻繁に行っていたのだ。
が作った手製の菓子を届ければとても喜んでくれた。
宮中での姿は知らないが、あまり多くを語らないところを見ると幸せではなかったのかもしれない。
夫である高倉天皇は穏やかな人物だと言われているが、元々政略結婚だったのだからそこに愛情があった可能性も低く、また、徳子以外にも后はいたのだから宮中での話を語りたくないとしても無理はない。
それでも一切の不満を言わず平家のためにつくしてきた。
その徳子が亡くなった。
数日前から体調が悪いと聞いていたが、少しだるいという程度で見舞いに来る程ではないから大丈夫だと言われ、では元気になったらお花見に出かけましょうという文を遣り取りした。
それが最期になるとは思いもしなかった。
こちらの世界は寿命が短い。
平均寿命は40歳で、貴族は更に短くて30代で亡くなる人も少なくない。
だが、それを考えても徳子の死は早すぎた。
怨霊にはなりたくないという彼女の遺言もあり、遺体は荼毘に処された。
煙となって天へと昇っていく徳子に、不思議と涙は出なかった。
ただ、思う。
彼女は幸せだったのかと――。
◇◆◇ ◇◆◇
平家から1人、また1人と大切な人が失われていく。
始めは清盛、そして敦盛。
彼らは怨霊となって戻ってきてくれたが、それでも生命の理から外れた存在となってしまった。
戦でも多くの人が亡くなっている。
兵士と顔を会わせる機会はにはないため顔も知らない人がほとんどだが、彼らも平家の、家族の1人だった。
守りたいと思ったのは、大切な人たち。
力を手に入れて、これで大丈夫と思った。
でも実際はの手のひらはとても小さくて、伸ばした先にある大切なものを全て守ることはできない。
このまま戦を続ければ源氏も平家も無駄に命を減らすだけの意味のないものになる。
頼朝の狙いは天下の覇権。
そのために平家は邪魔なのだろう。
でもそっとしておいてほしい。
平家は覇権など狙っていない。
清盛の望みは一族の安寧、それはも同じ気持ちだ。
宮中で覇権を握ろうという考えは清盛にはあるだろうがにはない。
「どこか、皆で穏やかに暮らせたらいいんだけどなぁ」
広い空の下、きっとどこかにそんな場所があるはずだ。
天下は頼朝が統べればいい。
そんなもの、は興味がない。
だが頼朝が天下を握るためにどうしても邪魔なのが平家である以上、戦いは避けられないのだろう。
「まったくもって、いい迷惑」
恨み言が出てしまうのも当然だ。
彼らが来なければ皆幸せでいられたのに。
いや、彼らではない――彼女だ。
天照から伝えられた真の敵。
異国から流れてきたという存在。
彼女が頼朝を焚き付け、そしてこの世界の理を乱しているのだと言われた。
この世界を守ることを条件に、は女神から力を授かった。
最初は何から守るのかわからなかったが、情報は逐一女神から届いた。
曰く、この世界に住まう八百万の神々を喰らう神が異国より現れたと。
異国の邪神は東の地に降り立ち神々を喰らって力を蓄えている。
彼女は源氏に与する者として存在している。
彼女の力で源氏は莫大な兵力を手にしたと。
が聞かされたのはその情報だけだが、答えは簡単。
の望みと女神の要求は同じ結論に達している。
「異国の神を倒せば、平家は滅びない」
誰かと争ったことも誰かを傷つけたこともないが、邪神とは言え人の姿を為している相手と戦えるかどうかは不明だ。
それでもは契約を交わした以上、できないなんて言っていられないのだ。
只人に神を倒すことは不可能。
今の平家でそれをできるのがだけならは躊躇いはしない。
「布都御霊、私を守ってね」
小さく呟けば手のひらに一陣の炎の渦。
一瞬で形を変えたそれは細身の剣となっての手のひらに収まる。
重さを感じない剣は、だが切れ味はどの剣にも負けないだろう。
奪う命の重さを知らないわけではないけれど。
それでも守ると決めたのだ。
- 08.12.25