その光景を見て将臣はため息をつき、知盛はわずかに眉間に皺を寄せた。
「なんだかなぁ」
戦が終わり諸々の帰参準備をしている将臣の元に届けられた一通の書状。
幼馴染からの文。戦地にいる仲間の安否を気遣うものだ。
いつもと同じ文だった。少なくとも将臣にはそう見えた。
だがそれを読むなりひらりと馬に乗ったのは重衡。
後はよろしくという軽い一言のまま馬を駆けていなくなってしまった副大将に将臣は茫然自失だ。
確かに総大将は知盛で重衡が姿を消しても問題はないとは言え、実質的には知盛は戦以外では無気力なためいないと大問題なのだが。
第一戦が終わったとは言え指揮官が早々といなくなるのは如何なものかと思ったのだ。
頭を抱える将臣に、文から目を離した知盛から諦めろという追い討ちがかかる。
どうやら重衡はからの文に彼女の異常を感じ取ったらしい。
将臣には気づかなかった。
普段どおりの文面、文字の乱れもないし内容にも異変はなかった。
それでも重衡には気づいたのだろう、おそらく知盛も。
相手がでは分が悪い。
無理やり止めようものなら斬り捨てられるとは笑えない冗談だ。
とりあえず幼馴染に何かあったのかと軍を急かせて戻ってきたのが今朝のこと。
予定よりも半日早い帰参は我ながら上出来だったと思う。
徒歩の兵は相当疲弊してしまっているようだが、仕方ないと諦めてもらうしかない。
に何かあったのだということはわかったが、まさかまた倒れたとかいうのではないだろうかと、保護者のような気持ちで駆け込んだの対屋。
踏み込んだその先にいたのは身を寄せ合って眠る重衡との姿だった。
正確には重衡の衣を握って離さないと、眠るを守るように抱きしめている重衡の姿だ。
安心しきったように眠るに、おそらく男女の関係はないだろう。
それでも妹の情事を覘いてしまったようなバツの悪さは否めない。
が重衡と知盛を慕っているのは十分知っているし、彼女が男に対して不安になるほど警戒心を抱いていないこともわかっている。
そして、そんなの信頼を裏切るような重衡ではないことも。
「あぁ、これが原因か」
「おそらくな。この男が戦よりも優先することは、のことだけだ」
「お前だって似たようなもんだろうが」
「ク…、兄上とて大差はあるまい」
「兄上言うな」
過保護すぎる義兄2人はに対して甘すぎるという思いもあるが、将臣の似たようなものだ。
むしろ付き合いが長い分が我侭を言う確率は将臣の方がよほど多い。
「とりあえず起きろ。重衡も寝たフリしてを抱きしめてんじゃない。おら、放せ」
「ん…将臣くん…知盛さんも。お帰りなさい…」
「よお」
「ただいま。ほら、いいから起きろって。そのままだと重衡に襲われるぞ」
「心外ですね。私がいつそのような暴挙を行いましたか」
「そうだよ将臣くん。重衡さんそんなことしないよ」
「わーったから。つーか、てめぇっ、重衡。起きてんならを放せ」
「嫌です」
「むぎゅ」
「こらこら抱きつぶすな」
すっぽんのように離れない重衡を何とか引き離すことに成功したのは、の目が完全に覚めてからのことだ。
重衡の恨みがましい視線はこの際無視することにして、部屋の外へ引きずり出した。
「過剰なスキンシップは取るなって言ってるだろうが」
「が嫌がっていないのに、どうして将臣殿が怒るのでしょうか。まさか将臣殿も私のに懸想する1人ですか」
「誰がお前のだ」
頭が痛い。
重衡がに想いを寄せていることは知っているし、それが単なる戯れでないことも知っている。
宮中では名うての遊び人だった重衡。
こうも変わるものかと驚いたけれど。
これは少々変わりすぎではないだろうか。
重衡の目が据わっている。
あぁ確かに面白くないだろう。
寝ぼけているは何をしても気づかないし、ましてや少々舌ったらずな声でふにゃんと笑う姿を見れば、邪魔をされた重衡の気持ちもわかる。
分かるのだが…。
「否定をなさらないということはやはり…」
「待て! 重衡! 誤解だ誤解! その方天戟どっから出した?!」
「武士たるもの武器は常に肌身離さずに置いておくものです」
「嘘つけ! そんなデッカイ得物肌身離さず置けるものかっ! うわっ、ちょ…、マジでやめろって…」
「問答無用!」
「知盛ーっ、笑ってないで助けやがれ!!」
「ク…、せいぜい頑張れよ」
「薄情者おぉー!」
着替えを済ませたが見たのは、いい汗かいたと爽やかな笑顔でに微笑みかける重衡と、普段よりも二割り増しほど機嫌のいい知盛。
そして何故かぐったりと疲労している将臣の姿だった。
- 08.11.25