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護りたいもの


穏やかな笑顔。
が知る平惟盛は常に優雅な笑みを絶やさない心優しい人物だ。
平家の直系として産まれ、父親である重盛が生きていたならいずれ宗家の棟梁となるはずの青年。
武家でありながら風雅を好む彼は、教経や知盛のように武人としての腕はないが、それでも穏やかな人柄は多くの人から好かれている。
光源氏の再来と呼ばれた惟盛。端正な顔は常に笑みを湛えていて。
それが翳るようになったと感じるのは間違いではないだろう。
それでも彼は自分のことよりも他人に心を配る。
今、この時も。

「お疲れのようですね」

春の陽だまりのような笑顔に、ついは苦笑をもらした。
疲れているのは肉体的な問題ではない。
これから起こるであろう戦に対する精神的なものだ。
勿論平家の今後を思えば憂いも深くなるのだが、それは確固たる決意で未来を変えると決めているため、今のにとって憂慮となるものではない。
避けられない戦ならば犠牲は最小限に。
だが、そのための方法を考えるのは、軍師ではないには荷が重い。
が知っているのは戦の結果だけ。
父親が歴史学者だったとは言えは普通の中学生で、書物での歴史しか知らないのだ。
そのため手に入るだけの兵法書を部屋に持ち込んではみたものの、戦の細かい事情など知らないにとっては、残念ながらあまり役に立っていないのだが。
お陰での表情は晴れない。
評定の場では何とか取り繕えるのだが、1人で歩いているとどうしても色々考えてしまうから、こうして見咎められてしまうことも少なくない。

「ちょっと寝不足なんですよ」

それだけでないことはばれてしまうだろうが、はそれ以上答える気はないし、また何を言われても改善するつもりもない。
戦で武功を立てられないのだから、他にできることがあるなら何でもする。
柔らかな笑顔でそれ以上の追求を拒めば、秀麗な顔がわずかに曇った。

「私は不甲斐ないですね。女性である貴女までもがこれほど頑張っているというのに」
「そんなことないです。惟盛さんだって…」
「貴女には何不自由なく過ごしていただきたいと思っておりましたが、このようにご迷惑をおかけしてしまい申し訳なく思っております」

切なそうに目を細める惟盛に、は困惑する。
惟盛と会うのは10日振りだろうか。
久しぶりに会ったというのに、何故いきなり謝られてしまうのかわけがわからない。
きょとんと首を傾げるに気づかず、惟盛は尚も言葉を続ける。

「私がもう少し文武ともに優れておりましたら貴女のお力になれますものを。不甲斐ない身が口惜しいばかりです」
「惟盛さん、何か誤解しておりませんか?」
「誤解など…。ただ、このようにか弱い女性である貴女に心労をおかけしてしまっているのが申し訳ないと」
「はいストップ」
「っ?!」

人差し指で惟盛の言葉を制すると、驚いた目がへと向けられる。
当然だろう、この時代の女性が自分から男性に触れるなどありえないことなのだから。
見開かれた目のせいで端正な顔立ちが可愛く見える。

「私は別に迷惑だとか思ってないですよ。だって家族じゃないですか」
「ですが…」
「何不自由なくというのなら、十分過ぎるほどにお世話になってますよ。皆さんとても親切にしてくれますし、家族同然の扱いをしてもらっています。惟盛さんに謝ってもらうことなんて、何一つないんです」
殿…」
「皆さんとてもよくしてくれます。本当に感謝しています。だから私も何か役に立ちたいって思うのは間違ってますか?」

にこりと笑ってそう答えれば、まだ納得したわけではないのだろう惟盛の表情は晴れない。
フェミニストの惟盛――というか平家全般がそうなのだが――には、が忙しそうに動いていることが耐えられないのだろう。
申し訳ないと思うが我慢してもらうしかない。
何せは止めるつもりなどこれっぽっちもないのだから。

「それに、私のいた世界では屋敷に篭りっきりの生活なんて考えられないんです。女性だって普通に外出もするし仕事だってしてます。信じられなければ将臣くんに聞いてもいいですよ。だから、私も家でじっとしているよりも動いているほうが性に合ってるんですよね。だから見逃してください」

上目遣いでお願いをすれば、ややして諦めたような苦笑。
控え目で柔らかく、だけどこうと決めたことは頑として譲らない。
強い決意を秘めた眼差しは、彼女が守られるだけの姫でないことを証明していて。
彼女が天照大神に選ばれたのは偶然ではなかったのだと惟盛は知った。

「重衡殿達が貴女に甘い理由がわかりました」

誰もが彼女に荷を負わせたくはないと思っているのに、彼女だけがそれを良しとしない。
言い包めるのは不可能だろう。
両手を挙げて降参の意を示せば、花のような顔がふわりと綻んだ。

仕方ない。

この笑顔に敵う男などいないのだから。


  • 08.10.10