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迫る足音


平家による福原遷都は予想以上の反響を生んだ。
清盛の死、平家一門の離反。
更には国家の象徴である帝を連れての福原移転。
朝廷からは再三再四に渡る還御の使者が来るが、一向に戻る気配はない。
ついには朝敵になるのかという脅しまでかけられたが、帝と徳子が戻る気がないのだから仕方ない。
平家にとって朝廷は敵ではないのだが、複雑な政権争いが背後にある朝廷ではやはりそう簡単に行くはずもなく、結果として平家は帝を唆して遷都を謀った逆臣として認識されてしまったようである。

「まあ、そんなことだろうと思ったけどな」
「狸だもんね、後白河院」
「クッ…、大狸だな…」
「御祖父様は狸ではないぞ。ただ、ちょっと人よりも謀略が大好きなだけだ」

幼い子供とは思えない台詞に一同が絶句したのは言うまでもない。
誰の影響だろうかと思えば浮かぶのは、平家髄一の大狸。
孫の成長に変な影響が出たらどうするんだと呟く声は、幸い将臣の独り言で済んだらしい。
聞こえていたらこれでもかという程に反論されるだろう。
将臣は視線を上げて上座に座っている少年を盗み見る。
そこにいるのは悠然と構えている少年――いや、少年らしきモノ。
はあ、とかすかにため息をつく。
隣のが不思議そうに小首をかしげるがそれには気づかないフリを決め込んだ。

「とりあえず、今すぐに必要なのは水と食料かな」
「だな」
「逆にいらないのは着物・絵巻物・調度品か。ついでだから全部売っちゃおうか、邪魔だし」
「いやいや、そこまで極端に走らなくてもいいんじゃないか」
「そうですよ。なければ困るものですよ」
「備えあれば憂いなしってね。保存食も作りたいし。今後のことを考えると豪華な調度品よりも実用的な剣の方が断然必要になるし。うん、やっぱり調度品はいらないわ。必要最低限だけ残してみーんな売ってしまいましょう。持てるだけ持ってきてよかったね」

名案だと両手を叩いたに慌てたのは平家一門。

「正気ですか?! 調度品を処分するなど没落貴族の如き振る舞いではありませぬか」
「我らが愛でた品を下賎な輩が手にするなど耐えられません」
「でも、どんなに綺麗な調度品でもいざというとき身を守る防具にも剣にもなりませんよ? 勿論喉の渇きを潤してくれるわけでもないし空腹を満たしてもくれませんし」

いらないですよね、と伺うように正面に座する少年を見やれば、独特の衣装に身を包んだ少年――あくまでも外見年齢である――は大仰に頷いた。

の言うことも一理ある。ただし、全部処分することはまかりならん。最低限だけだ」
「ありがとう、お義父上」

その中には我が用意させたものも入っているのだろうという問いは綺麗に無視させてもらっては微笑んだ。





   ◇◆◇   ◇◆◇





呪詛を受けて亡くなったはずの清盛は怨霊となって復活した。
死者がいつまでも現世に留まっているのはよくないが、彼がいなければ今の平家は崩れる。
固い結束も纏める者がいなければ意味を為さないのだ。
今の平家には指導者が必要だ。
そういう意味で宗盛はまだ力不足であったし、要となるにはでは荷が重い。

時間はが思っていたよりも早く進んでいく。
あれからもう2年。
源氏では木曽義仲を大将とした軍が戦績を上げている。
目覚しい活躍を遂げる旭将軍と呼ばれた彼は、実際平家にとってそれほどの脅威ではない。
今のところは互角に戦えている。いや、若干こちらが優位か。
後白河院の後押しを受けて都入りを果たしたというが、都での評判は最悪だ。
放っておけば彼は消える。
いずれ滅ぼされる。
源氏の棟梁に。
だから気をつけなければいけないのはこれからのことだ。

(頼朝は戦略に優れているけれど、実戦には出てこない。となると問題は遮那王義経)

間もなく彼が出てくる。
多くの血が流れるのは必須。それでも諦めるわけにはいかなくて。

ふう、とため息をついた。

神子と呼ばれながらは無力だ。
細く小柄な身体は戦には不向きで、剣を取って戦うことはできない。
に覚悟があっても清盛が――平家が許さない。
守られるだけの立場、それに甘んじているわけではないけれど。
無力感を認めたくなくて視線を庭へと移せば。

「惟盛さん…」

柔らかな笑みを浮かべた青年がいた。


  • 08.09.25