まさに予想通りだ。
あれだけ往生際悪く騒いでいたは、目的地を聞いた途端ぴたりと大人しくなった。
「すごーい。海が綺麗」
「はいはい」
「将臣くん、すごいよ。本当に熊野だよ」
「そりゃ熊野詣でなんだから」
「、もう少し奥へ入ってください」
「うわー、うわー。綺麗ー。これが世界遺産かぁ」
「いや、こっちじゃ違うって」
「那智の滝は遠いのかな。行きたいなぁ」
「ほら、あまり身を乗り出しては危険です」
ただし、逆にテンションが上がってしまったらしく、牛車から身を乗り出しては重衡に引き戻されるという事態にはなっているのだが。
延々と愚痴を聞かされることに比べれば、はしゃいだの相手など軽いものだ。
の行動パターンなど手に取るようにわかるし、それを止める術も心得ている。
何せキャリアが違う。
物心ついた頃から一緒だった。
そして15歳でが引っ越してしまうまで、それこそ10年以上のお守をしていたと言っても過言ではないのだ。
熊野までの道のりはあと少し。
五月蝿いことは変わらないが、これで少しは気分的に楽になるだろう。
少なくとも熊野に着くまでは。
◇◆◇ ◇◆◇
証言その1
「姫様ですか? はい、確かに先ほどいらっしゃいました。何か手伝うことはありませんかと仰ってくださったのですが、いくら何でも姫様に荷物を運ばせるわけにも参りませんでしょう? ですからお断りいたしましたの。そうしましたら尼御前様がお召しだと女房が参りましたものですから、ご挨拶に伺うと仰って。えぇ、つい先ほどですわ。お会いになりませんでした?」
証言その2
「ですか? えぇ確かにこちらにいらっしゃいましたよ。相変わらずにこにこと嬉しそうに。やはり彼女はじっとしているよりも元気に動いている時の方が数段可愛らしいですね。教経殿が長旅でお疲れでしょうと甘いものを用意してくださったから、もご一緒にどうかしらと思ったのですけど。どうせなら皆一緒に食べましょうとが仰って、つい先ほど席を立ちましたよ。どれくらい前かですかって? そうですね、本当に少し前ですよ。てっきりそのへんで会ったものかと思ってましたのに。会いませんでした?」
証言その3
「あぁ、そういえばつい先ほどいらっしゃいました。折角のお誘いでしたが、まだやらなければならないことがありましたのでお断りしたのですが。どちらへ行かれたかですか? そうですね、確か経正殿と敦盛殿も誘うと言っておりましたから、そちらに行かれたのではないでしょうか」
証言その4
「はい。つい先ほどいらっしゃいました。敦盛と一緒に尼御前のところへ行きましたよ。いらっしゃいませんでしたか? おかしいですね…どこかに寄り道をしているのでしょうか」
「で、結果どこにもいないというわけか?」
将臣の視線はかなり厳しい。
大人しくしていると思ったのも束の間、気がついたらの姿は宿のどこにも見当たらないのだ。
だから目を離すなと言っておいたのに。
雑事に追われた将臣のところへ血相を変えた重衡がやってきたのは、到着から一時ほどしてから。
道中でののはしゃぎようを見ていれば危険だとわかりそうなものなのに。
おそらくは上機嫌のについつい気を緩めてしまったというところか。
「まあ、敦盛も一緒なんだ。それほど心配することもないだろうよ」
「ですが悪い輩に連れ去られでもしたら…。こう申しては何ですが、敦盛殿では護衛にはなりません」
「そんなのだってわかってるって。あいつは自分1人なら無茶もするけど、誰かが一緒なら無茶もしないって。しかも相手は敦盛だろう。大人しい敦盛を引っ張りまわすほどあいつは馬鹿じゃねえよ。そのうち戻ってくるだろう。放っておけ。俺は忙しいんだ」
熊野に同行してきたが、将臣にはこれから西国へ出かけなければならない。
その準備が忙しくて、正直浮かれて外出したの捜索まで手に負えない。
重衡に言ったとおり、1人ならば無茶もしかねないが、敦盛が同行しているとなれば大人しく戻ってくるだろう。
将臣にはどれだけ迷惑をかけてもけろりとしているが、平家の家族は本当に大切に思っている。
は基本的に家族に心配をかけることを良しとしない。
その思いやりを自分にも向けてくれと言いたい所だが、自分に気を遣うというのも不気味なので言葉にしたことはないが。
そう考え荷造りをしている将臣の耳に聞こえてきたのは、ぱたぱたと走ってくる小さな足音。
誰かと視線を動かせば、そこにいるのはと一緒にいるはずの敦盛の姿で。
その顔は必死そのものだ。
わずかに目を見開けば将臣に気付いた敦盛の顔がくしゃりと歪んだ。
「将臣殿…! 将臣殿、申し訳ありません!!」
泣きそうな顔、焦った様子。
そして隣にいない。
「殿が…いなくなりました!」
いやな予感というのは当たるものなのだろうか。
それともはそんなに自分に迷惑をかけたいのだろうか。
いやいやいくらでも好んで他人に迷惑をかけるような性格ではないし。
もしかして自分がこちらの世界に飛ばされたのは、こいつのお守をするためなんじゃないかという考えがちらりとよぎる。
あながち外れてなさそうなのが嫌だ。
「…とりあえず、誰でもいいからを探して連れ戻してくれ」
「了解しました」
「あの…私も探しに行きます」
「頼むな。重衡、敦盛」
本当なら自分が連れ戻したいところだが、生憎時間がない。
説教は重衡に任せて、将臣は痛む頭を押さえながら出立した。
- 08.03.06