力の差は歴然だった。
ただでさえ圧倒的な兵力の差。
僧兵と呼ばれてはいるものの戦の経験などないに等しい彼らと、生粋の武士である平家のそれとは比較にすらならない。
周囲を完全に包囲され逃げることもままならず、攻め入れられれば勝てる可能性など皆無に等しい現実の中。
僧侶達の緊張は極限に達したのは無理のないことだった。
そしてそんな中で起こった夜半の大火事。
瞬く間に燃え広がった炎は、だが寺院の門扉をほんの僅か焦がす程度にとどめて。
これまた突然の大雨によってすぐに消えてしまった。
奇跡的に死傷者こそ出なかったものの、そんな不可思議な現象を目の当たりにした彼らの緊張の糸が切れるのも当然で。
夜が明けて数時間後。
開戦の合図が鳴ってもまともに戦える者は1人もいなかった。
半刻もかからないで終了した戦。
無益な殺生を行うべからずという重衡の言葉にほとんどの兵士が従った結果、平氏側はおろか僧兵の中でも重傷を負った者はほとんどいなかった。
それは計らずともが望んだ結果ではあったが、生憎はそのことを何一つ覚えていない。
雨雲を呼び業火を一瞬で鎮火させたは、意識はあったもののどこか夢現の状態で、南都を制圧したのを見届けると同時に意識を失ってしまったのだ。
病み上がりの上に立て続けの力の行使。
元々神子としての訓練など何一つ受けていない少女が、国を統べる女神の器となるにはあまりにも脆弱すぎた。
ぱたり、と地面に倒れたに慌てたのは2人の義兄。
お陰で戦は半日で終結したというのに、彼らが陣を退いたのはの意識が戻った3日後のことで。
大丈夫と言っておきながら見事に昏倒したに2人の怒りはすさまじく、重衡の馬に同乗させられて無事に邸内に戻ってからも、は自室から出ることを許されないまま。
放っておけばこっそりと抜け出してしまうの性格を知り尽くしている知盛と重衡は、彼女から目を離さないようにとすっかりの自室に居候を決め込んでしまっている。
物忌みだの行き触れだのと仮病を使ってまでも、片時もの側を離れようとしない姿は、微笑ましいを通り越してうっとおしいことこの上ないとはの弁だ。
「あの〜、そろそろ離してほしいなぁ、なんて思うんですけど…」
「嫌です」
既に何度目かになるかわからない願いは見事に却下された。
現在は重衡の腕に捕らえられたまま。
その膝では知盛が昼寝を決め込んでいる。
戻ってきてからもう何日この状態なのか、すでに考える気力も失せた。
彼らに憧れている多くの女性から見ればとんでもなく羨ましいこの状況。
代われるものなら誰か交代してほしいと切実に思ってしまうのは現実逃避のせいだろうか。
「あのね、重衡さん。だから、もう勝手なことはしないから」
「私はこれからの言葉は一切信用しないと決めましたので」
「あうぅ〜」
「それに、愛しい人をこの腕に抱いていたいと思うのは当然のことでしょう」
綺麗な綺麗な笑顔。
だがそれは重衡が最大級に怒っているせいで、その証拠に甘い睦言のような囁きを落としながらも、背後から抱きしめた腕の力は強くどれだけもがこうとびくともしない。
助けを求めるように幼馴染に目線を送れば、無理と言わんばかりに肩をすくめられ、知盛に至っては綺麗に無視された。
「薄情者ぉ〜」
「お前が悪い」
「自業自得、だな」
「いい加減観念なさい」
3人同時に言われてはうなだれる。
何も好きで倒れたわけではないのにと言いたいところだが、言っても無駄だとわかっているためにぐっと我慢する。
それどころか数倍数十倍となって返ってくるだろうことが容易に想像できてしまう。
「理不尽だ…」
ぽつりと呟いた声は黙殺された。
実際将臣もこの状況を見て不憫に思わないわけではなかったが、それよりも怒りの方が強いのだから仕方ない。
神と契約したのだと告げられたのは、南都から戻ってきてからのこと。
突然目の前から消えうせた幼馴染を心配した将臣は、が無事に戻ってくるまで睡眠はおろか満足に食事を取ることすらできなかったのだ。
それなのに戻ってきたは体力を消耗していて満足に歩くことができなかったくせに、表情は妙に晴れ晴れとしていて。
重衡に抱えられながら呑気に手を振ってくる様は心配したぶん怒りも倍増されるというものだ。
「これに懲りたらもうその妙な力使うんじゃねえぞ」
「あ、ごめん。それ無理」
「お前…まだ懲りないのか」
「だって必要なんだもの。将臣君が何と言ったって、絶対やめないからね。大丈夫、今度はペース配分考えるから」
「お前の大丈夫ほど当てにならないもんはねえよ」
「でも大丈夫なの。大丈夫にするの」
それはの口癖のようなもの。
どこまでも前向きで諦めるということを知らないは、幼いころからそう言いながら己の信念を貫いてきた。
勿論、その影には将臣の尽力もしっかりと加えられているのだが。
頑固で強情で、誰よりも優しい。
自分のことより他人を優先するから、将臣はどうしたって彼女のことを放っておけないのだ。
「お前1人でか?」
諦めたようにため息をつけば、の顔が喜色に満ちる。
「勿論、皆でよ」
どうしたって勝てないこの幼馴染。
反対して独断で無茶をされるよりは目の届く場所に置いておく方がまだマシというものだ。
甘い奴、という視線が二方向から向けられるが、あえてそれには気付かない振りをした。
- 08.02.23