目を覚ませばそこは見慣れた室内で。
庭から聞こえる雀の声がやけに平和に感じられて、はうっとりと耳を傾けた。
「よかった…」
あれが夢で。
正確には夢ではないのだろうけれど、それでもこの世界とはまったく次元の違う場所で起こったことであり、今の世界とは異なるもの。
まだ、平家は滅んでいない。
「本当に、よかった」
思わずそう呟けば、じんわりと目頭が熱くなって。
夢を見て泣いたと思われたくなくて目を覆った。
◇◆◇ ◇◆◇
「お、目覚めたか」
明るい声と共に姿を見せたのは幼馴染。
その手に持っているのは小さな盆。
ふわりと漂ってくる美味しそうな匂いに目をやれば、優しい笑顔が迎えてくれた。
「そろそろ起きるんじゃねえかなと思ってさ。粥を用意しておいたんだけど、食うか?」
「うん。お腹ぺこぺこ」
ほらよ、と起き上がったの前に差し出されたのは、子供の頃に風邪を引くとよく母が作ってくれた卵粥で。
あちらの世界の料理を女房が知るはずもなく、将臣が手づから作ってくれたのだと思うとふわりと笑みが浮かんだ。
「美味しい」
「そりゃよかった。何せこっちの飯は味気ないからな。普段は贅沢も言ってられないけど、こんな時くらいは滋養をつけないと」
「すごく美味しい。ありがと」
将臣は基本的に料理をしない。
元々アウトドア派の将臣は時間があればあちこちと出かけていって、家にいることがほとんどない。
弟の譲がプロ並の料理の腕だということも拍車をかけているのだろう、少なくとも今までに将臣が自宅の台所に立つ姿を見たことがなかった。
得意料理はカップラーメンだと言い切るほどに料理が出来ない将臣が、唯一まともに作れる料理がこのの母直伝の卵粥で。
それは子供の頃将臣と一緒に遊んで羽目を外しすぎたせいで風邪を引いたのためにと、将臣がの母からこの料理を教わったからだ。
久しぶりの母の味に、用意された粥をしっかりと平らげれば、将臣が満足そうに笑った。
「随分顔色もよくなってきたし、もう熱はすっかり下がったようだな」
こつん、との額に自分のそれを重ねて熱を確認すれば確かに平熱に戻っているようで、くしゃりと髪の毛をかきまぜられた。
「この分じゃあと数日で完全復帰できるだろう」
「もう大丈夫だよ。皆に心配かけちゃったし早く顔を見せたいんだけど」
「あー、それは無理だな」
「何で?」
きょとんと首を傾げると、将臣は乱暴に自分の頭をかく。
どこか言いづらそうなその様子に嫌な予感が背筋を伝う。
そういえば兄2人の姿が見えないのはどういうことか。
いつもはひっきりなしにやってきて、その都度女房や将臣から門前払いを食らわされていたというのに。
熱に浮かされていても十分わかるほどの騒々しさに呆れてつつ、そこまで心配してもらえることに嬉しく思ってもいたのだが。
出仕しているのだろうかと思ったが、それなら将臣が言いよどむ必要などない。
どこか女性のところに通っているのなら、それはそれで仕方ないことなのだが。
杞憂で済まないのは、先程の夢が原因か。
あのせいで今の時間軸が大体把握できてしまった。
平安末期。源平の争乱。
高齢の清盛を見れば今が西暦何年ごろの時間だかすぐにわかる。
この屋敷の中は驚くほど平和で。
だから気付かなかった。
それは清盛や知盛、重衡たちが決してには悟られないようにしていただけなのだろう。
「将臣くん」
「えーと」
「はぐらかさないで。きちんと教えて」
言い逃れを許さない強い眼差しで見据えれば、降参したのは幼馴染のほうで。
こうなった時のの頑固さを知っているから、将臣では歯が立たない。
きつく口止めされていたことではあるけれど。
諦めたようにため息を一つ。
こうなると自分を置いていったあの2人が恨めしい。
の哀しむ顔を見たくないのは自分も同じなのに。
「…あいつらは、南都だ」
あぁ、やはり。
は静かに目を閉じた。
- 08.01.19