夢を見ていた。
現実のように思えるほど、それは鮮明で。
だけど、同じくらい非現実的で。
は京にいた。
供も連れず1人でいることにまず疑問を抱いた。
過保護な家族はどうしてもを1人で外に出そうとしないから。
第一外に出た記憶がないのだ。
そして現実とは程遠い自分の姿を見て、あぁこれは夢なんだと納得した。
透けているのだ、身体が。
自分の掌を通して地面が見えるというのは何とも不思議なものだが、これが夢だとわかったらすんなりと受け入れられた。
むしろ滅多にできない体験、とばかりには自分の姿を興味深そうに眺めている。
だが、そんなのんびりとした思考は、目の前に広がる光景に一瞬にして凍りついた。
炎に巻かれる京の人々。
焼け落ちる多くの邸。
泣き叫ぶ子供達。
略奪の限りを尽くす兵士たち。
その中心で指揮を取るのは、歴戦の将である平知盛。
楽しそうに剣を振るう顔は、の知る知盛のものとは別人のようで。
確かに好戦的なところは多々あったけれど、それでもこんな卑劣な手段など取るような人ではなかったはず。
炎は尚も勢いを増して京を覆い尽くしていく。
あまりの状況に将臣が消火を指示しているものの気休めにもならず、風に煽られた炎は夕闇の空を赤く染めていく。
何もかも飲み込もうとする勢いに、は声を出すことも忘れた。
これが戦だというのだろうか。
逃げ惑うのは、多くが何の力も持たない市民だ。
この中にどれだけの敵がいるというのか。
たとえいたとしても、それは犠牲になる人に比べれば僅かであろう。
「どうして…」
言葉では言い尽くせないほどの恩を感じている。
行くあてのない自分を娘として大切に大切に育ててくれた、優しい家族達。
それでも、納得できない。
こんな風に不当に命を奪うなど、あってはならないことだ。
それがわからない彼らでもないだろうに、どうしてこのような暴挙に出たのか。
救いを求めるように彷徨わせた視線の先に、将臣がいた。
逃げ惑う民を誘導しつつ、襲ってくる兵士を大太刀で斬り捨てている。
見たことのない鎧姿。見たことのない表情の将臣。
守るために剣を習うのだと言っていた。
これが、守ることなのだろうか。
乱暴だが優しい幼馴染。
彼が人を斬る姿など、想像したこともなかった。
「将臣君…」
声に導かれるまま、将臣が振り返る。
見知ったよりは少し大人びた将臣の姿。
将臣は透けているの姿を見てわずかに目を瞠ったが、何かを思い出したのかすぐに納得したように普段と変わらない様子でを眺めた。
「…来ちまったのか」
「うん…」
「お前には見せたくなかったんだけどな」
それはこの状況をだろうか。
それとも将臣が人を斬るところをだろうか。
が俯くと、将臣が苦笑したのがわかった。
「お前がいいたいことはわかっているつもりだ。言い訳するつもりはないし、弁解するつもりもない」
「…うん」
「ただ、今戦わねえと平家は滅ぶ。お前だって平家物語知ってるだろ」
「知ってるよ…」
平家の滅亡を語った物語。
清盛の死後、平家は衰退の一途を辿る。
代わって台頭した源氏に都を追われ西へと逃げ続け、壇ノ浦で滅亡する。
名だたる武将は元より、幼い帝や戦とは無縁の女性達も命を落とす。
それは単なる物語ではなく、の世界で実際に起こった出来事だ。
よく似たこの世界で、同じ結末にならないと誰が言えるだろう。
自身もそれは危惧していた。
だからこそ清盛の知人だという「武蔵坊弁慶」に警戒し、京の様子を伺ったりもしたものだ。
勿論将臣はそんなの心境などお見通しなのだろう。
将臣も同じ気持ちなのだろう。
ただ、とは方向が違うだけで。
「なら、俺が言うことは何もない。ここは危ないから早く元の世界へ戻れ」
「元の世界?」
言われた言葉が理解できずに首を傾げると、あぁなるほどという声が頭上でした。
「お前、今何歳だ?」
「15歳」
「なるほどな。俺は今20歳だ」
がこちらの世界で将臣と合流したのは数ヶ月ほど前のことだ。
その時将臣は17歳。
ということは3年後の夢を見ているのだろうか。
「いや、お前が見ているのは夢じゃない。紛れもない現実だ。俺の世界のな」
「よくわからないよ将臣君」
「わからなくてもいい。ただ、お前が見ているこの世界は、この先起こりうる事態の一つだというだけの話さ。変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。ま、俺の力じゃどうやっても変わらなかったけど」
将臣の言葉が抽象めいているのは気のせいではないはずだ。
おそらく意図的なもの。
そしてそれは多分、今のに知られたくないことなのだろう。
彼がこういう物言いをする時は、必ず裏があるのだ。
「未来は、変えられると思う?」
「さあな。俺には無理だった。だけどお前ならできるかもしれない。何せお前には神の加護がついてるんだからな」
「神の加護?」
「そうだろ。――いや」
――天照の神子。
強い眼差しがまるで射抜くようだとは感じた。
- 07.11.30