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探し人、見つからず


篝火、舞台、楽の音。
気が付けば宴の真っ最中である。
平家の人達は宴会が好きなようだ、とは分析する。
が清盛の養女になってから1月。
月が綺麗だと言えば宴、星が綺麗だと言えば宴。花が綺麗だと言えば宴、雨が止んだと言えば宴。

とにかくほぼ毎晩宴三昧なのである。

「美しいものを愛でたいというのは人の常であろう」

棟梁である清盛がそう言えば反論のあるはずもなく。
一門全員、嬉々として参加しているように見えるのは気のせいではないはずだ。

朗々と謡われる和歌は、の知る歌とは随分違う。
楽の音と舞姿はとても美しい。
だが、毎夜遅くまで付き合わされては、さすがに体力がもたない。
女性であり未成年であるは夜が更けると早々に席を辞退するが、宴はまだまだ続く。
半ばで退席するでさえ睡眠不足だというのに、彼らはいつでも元気だ。
運動不足で体力はないと思いがちな平安貴族。
中々に侮れない。

今日も今日とて宴である。
望月が綺麗だろうと惟盛が言えば、では月見を開こうということになり、のもとに清盛の使者がきたのが日暮れ前。
さすがに辞退したかったのだが、それを見越した知盛と重衡によって半ば強制的に連行された。

「宮中でも宴は沢山あるのに。何でそんなに宴が好きなんだろう。まったく」
「宮中にはいらっしゃいませんから」

呆れたように嘆息をつけば、重衡が麗しく微笑んでいる。
いつの間に御簾内まで来たのやら、相変わらず素早い男である。
一応清盛の養女となったは、平家一門の中でも高貴な身分に属する。
たとえ兄である重衡と言えど、顔を見せることはおろか御簾内での会話などあってはならない。
勿論に平安の常識は通用しないので、この常識が守られることなどないのだが。

「お疲れ様」

の要望に答えて舞を披露してくれた義兄に感謝の意を込めて酒を向ければ、重衡がそれを受ける。

「いかがでしたか」
「とても綺麗。重衡さんの舞は初めて見たから、すごく新鮮だった」
「惟盛殿の後に舞うのは些か緊張しましたが、貴女が喜んでくれるのなら恥をかいた甲斐はありますね」

重衡はそう言うが、惟盛の舞に比べて重衡のそれが遜色のあるものには思えない。
確かに惟盛の舞は美しい。は一目見てその美しさに惹かれ、翌日教えを請いに赴いたほどだ。
艶やかで麗しく、そして風に舞うように優雅で。
青海波を舞い、宮中で『桜梅少将』と呼ばれただけのことはある。
だが、重衡の舞も清々しくには十分すぎる腕だと思う。
どちらも優雅で綺麗。優劣をつけるものではない。

「知盛さんは?」
「さあ。兄上は気紛れですから。またどこぞへ姿を消したのでは」
「む。それは許しません」

無理やり連れてこられたが出した交換条件。

『2人の舞を見せること』

特に知盛が舞を舞うことは珍しく、は一度も見たことがない。
単なる口約束だったけれど、実際は楽しみにしていたのだ。
重衡の舞は清涼。では知盛はどうなのだろう。
そろそろ夜も更けてくる。
このままではは退席する時間になる。
今日このまま逃がしてしまえば、次はいつ約束をとりつけられるかわからない。
どうせのらりくらりとかわされてしまうのだ。

「おやおや、姫君は私の舞だけではご不満でしたか。つれないですね」
「そういうわけじゃなくて。重衡さんの舞いもよかったけど、約束は約束なの」

の髪を弄びながら軽口を叩く重衡の手をぴしゃりと叩いて、はすっくと立ち上がる。

「絶対見つけてくるんだから」

握りこぶしを固めたは重たい衣装も何のその。
するりと身を翻して階へと歩いていく。

「すぐに戻ってくるから、その唐菓子は残しておいてねー」

食べたら許さないから、と言い残して去っていく艶やかな後ろ姿を見送りながら、重衡はくすりと笑った。
がいた席に用意されているのは、酒肴ではなく唐菓子や甘葛煮などの甘い食べ物ばかり。
酒をたしなまないのために清盛が用意させたものだが、その席に酒肴がきちんと用意されているのを見て重衡は目元を緩めた。
2人分の酒肴。おそらくは重衡と知盛のためにが用意しておいたのだろう。

「仰せのままに、姫君」

楽しそうに呟いて、重衡は杯を傾けた。





   ◇◆◇   ◇◆◇





知盛の居場所を突き止めるのは、意外と難しい。
特定の場所に留まらないと言うよりは、ふらふらと気の向くまま。
お酒は好きだが酒宴は興味ないらしく、気が付けばどこかへ姿を消してしまっている。
とりあえず知盛の部屋を訪れてみたものの、やはりそこに人影はなく。
以前眠りこんでいた空き部屋を見てみたが、こちらも同じく人の姿はない。

「ここにもいない」

もしかしたら気に入りの女房との逢瀬かもしれないと考え、は赤面しながら踵を返す。
あと少し心当たりを探していなければ、仕方ない諦めるしかないだろう。
下手に踏み込んでいらぬ現場を目撃したくはない。
知盛といい重衡といい、平家の男子は美形が多い。
桜梅少将と呼ばれる惟盛など、『光源氏』と呼ばれるほどの美形だし、清盛の甥である教経も野性味溢れる男らしさだ。
知盛重衡兄弟は言うに及ばず、経正や敦盛も貴族然としていてとても雅。
宮中のみならず、どの邸でも女房達が一夜の相手でもと望んでいることは有名だ。
ましてやここは平安の都。
恋愛が貴族のたしなみのような社会では、の常識を当てはめてしまってはいけないのだろう。
尤も知盛や重衡がにそれを気付かせることなど、今までなかったのだけれど。

「仕方ない、かな」

とりあえず後で知盛には我侭を言ってやろうと思いながら、元来た道を戻る。
とんでもなく広い清盛邸だが、1ヶ月ほぼ毎日散策していれば慣れるというもの。
今では抜け道まで熟知している。
階を降りて庭に降り立つ。
遠回りして廊下を通るよりも、庭を突き抜けたほうが遥かに早い。
本来ならば女性が庭に下りるなど言語道断なのだが、生憎目撃者もいない。
宴のせいで庭には明かりが灯っているし、何よりも今日は満月だ。
足元は余裕で見渡せる。

「本当、いい月」

宴と言っても常に御簾内に籠められていて、月を見ることすらできなかった。
の世界と何も変わらない月を見ることは好きだった。
自分の世界を懐かしく思わないといえば嘘になるが、それでもこうして月日を過ごせば多少は慣れる。
以前ほど寂しく思うことは少なくなったが、やはり思いを馳せるのは大切な家族の待つ世界で、見上げる空に懐かしい世界を思い返してしまうのは仕方のないことだ。
まるでかぐや姫のようだと言ったのは重衡だったか。
異世界に降りてきた月の姫。帰りたいと泣く姿は確かに似ているかもしれない。

(帰れるかわからないけど、ね)

自分の境遇を嘆くだけの弱い人間じゃなくてよかったと心底思う。
この前向きな性格は、多分幼馴染の影響だろう。
色々なトラブルに巻き込まれたりはしたけれど、そのお陰で順応性と臨機応変さは身に付いた。
海で溺れたことも山で遭難したことも、滝に落とされそうになったことも、今ではいい思い出だ。
一応感謝しておこう。
元気すぎる幼馴染達の姿を思い出してくすりと笑う。
元気だろうかと心配しないですむのはいいことだ。
懐かしい面影に思いを馳せていれば、不意に横の木が風もないのに大きく揺れた。

「?」

見上げたその先には、いつもと変わらない木があるだけなのだが――。



「動くな」



手を引かれたと思った途端、低い声が耳元に届いた。


  • 07.05.16