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フルーツタルトとティータイム


それはうららかな午後の昼下がりだった。
長く続いた雨もようやく上がり、暦の上ではそろそろ初夏を迎えようという季節。
降り注ぐ陽射しは多くてもそれほど暑くは感じない。
風もない穏やかな日中、しかも休日ともなれば家族連れが近隣の公園へと足を運ぶ姿も珍しくない。
幼い子供達が走り回るのを優しい目で見守りながらピクニックに興じる。
とても穏やかで平和な1日の象徴だ。

そして、それは世界の3分の1を占める神聖ブリタニア帝国皇室内においても例外ではなかった。

王宮内髄一と言われる庭園を誇るアリエスの離宮では、今が盛りとばかりに咲き乱れる薔薇園の中を少女が楽しそうに走り回っている。
第5皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニア。幼女と呼ぶには少々成長しており、だが女性と言うにはあどけなさが目立つ少女は、この離宮の主が産んだ皇女殿下である。
蜂蜜色の柔らかな髪、白磁の肌。菫色の大きな瞳はとても愛らしく、乳姉妹の桃色の髪をした少女と一緒に子犬を追いかけて走る姿は微笑ましいことこの上ない。
頬を紅潮させて走り回る姿は皇女殿下という身分を考えればはしたないと叱責されそうなものだが、生憎彼女は外見にそぐわず活発であり、又家族の誰もがそんな彼女の行動を咎める気すらないのだから彼女が行動を改めることはない。
うふふふ、と笑いながら時折子犬をはぐらかすように飛び跳ねる姿は年相応で、そんな姿を慈愛に満ちた眼差しで見つめているのは8対の瞳。
特に実の姉であるルルーシュが注ぐ眼差しは誰もが目を奪われるほど優しくて甘い。

「お姉さまー」

花壇の向こうから大きく手を振る少女に微笑みながら手を振り返して、ルルーシュは用意された席に座る。
午後のティータイムを楽しむようにとテーブルに飾られた花はつい先程義妹のユーフェミアが庭から摘んできたばかりの色とりどりの薔薇。
ロイヤル・ハイネス、アンドレ・ルノートル、クイーン・エリザベス、ブルー・ムーンなど、アリエスの離宮に咲き誇る中から盛りの花を厳選してきただけあり、純白のクロスの上に飾られたそれは見た目もバランスも美しい。
更にテーブルの上に彩を加えているのは、つい先程完成したデザートだ。
季節に合わせてグレープフルーツとオレンジのタルト、ドライフルーツを練りこんだスコーン、鮮やかなベリーソースがかかったブランマンジェ、採れたてのトマトとキュウリを挟んだサンドウィッチ、etc...
それらすべてルルーシュの手作りである。
皇女でありながらプロの料理人顔負けの腕前を持つルルーシュの菓子は、最愛の妹ナナリーのみならず家族全員がその味の虜になっているほどだ。
毎日行われる午後のティータイムは親しい親族が全員集まる数少ない機会。
況してや父や義兄、義姉義妹もルルーシュの作るデザートを楽しみにしているのだからルルーシュとて彼らのためにと存分に腕を揮うのは当然であろう。
そうして並べられた色鮮やかなデザートの数々は、1人また1人と姿を見せた兄や姉の顔に賞賛を浮かばせた。

「今日はまた随分と手が込んでいるのだね」
「えぇ。久しぶりにシュナイゼル兄上が帰国してきたのですから、このくらいはしないと。戦勝記念も兼ねてることですし」
「それは嬉しいね。早く切り上げて帰ってきた甲斐があるというものだよ。君のタルトは世界一だからね」
「お世辞でも嬉しいですよ、兄上」

ふふ、と笑いながら当然のように隣に座る帝国宰相にタルトを乗せた皿を目の前に置く。
家族全員が揃うのは久しぶりだ。かれこれ2ヶ月ぶりではないだろうか。
シュナイゼルの前は義姉コーネリアが遠征に出ていた。その前はクロヴィスが地中海にデッサン旅行に出かけていて不在だった。
1人2人欠けることは珍しくないが、やはりこうして全員揃うと嬉しいと思っているルルーシュは、やはり家族が大好きなのだ。
白磁のカップが目の前に置かれた。
爽やかな酸味と芳醇な香りに花びらの形をした唇からほうとため息が漏れる。

「今日の紅茶はダージリンですか。いつもと香りが違うようですが、これはシュナイゼル義兄上のお土産ですか?」

隣に座る義兄を見やれば嬉しそうな表情。
つい先日EUから帰国したばかりに義兄は、滅多に外出をしない義妹であるルルーシュのために必ず土産を持参してくる。

「さすがはルルーシュ。パリで人気の店があると聞いてね。珈琲も買ってきたんだが、ルルーシュは紅茶の方が好きだから、今日はこちらを用意したんだ。君の作るタルトには紅茶の方が合うだろう」
「ありがとうございます。シュナイゼル兄上」

優しい笑顔に穏やかな口調、2人の会話はまるで海外旅行から帰ってきた兄妹のそれだが、実際は若干異なる。――否、ものすごく異なる。
シュナイゼルは神聖ブリタニア帝国宰相であり、敵対する国家にとって彼は鬼や悪魔の如く恐れられている存在だ。
そしてEUは現在ブリタニアに対して宣戦布告を行っている国であり、まかり間違ってもシュナイゼルがのんびり旅行などできる場所ではない。
では、なぜシュナイゼルがパリへ行ったかと言えば、それは当然戦争以外の何物でもない。
皇帝代理の総司令官としてEUへと赴き、最低2ヶ月はかかるだろう戦争をわずか1週間で終わらせた兄は、つい昨日帰国したばかりだ。
EUの3分の1と名店の紅茶を土産に。
戦の勝利を掴んだ途端、愛しい妹への土産片手にアヴァロンで帰宅した兄の代わりに戦後処理を行っているのは彼の副官であるカノンだ。
おそらく大まかな指示しか受けていないだろうカノンに対して、憐憫の情が湧かないと言えば嘘になるが、それよりも兄が無事な姿で戻ってきてくれたことが嬉しいのは妹なのだから当然だろう。
カノンには後で労をねぎらって差し入れでも持っていってあげようと思い、ルルーシュは兄の空になった皿にスコーンを2つほど乗せた。
中に練りこんであるドライフルーツも手作りなら、スコーン用のジャムもルルーシュのお手製だ。

「どうぞ、兄上。この苺のジャムは我ながら上出来なんですよ」
「それは楽しみだ」

相変わらず仲のよい2人の姿にもう1人の兄であるクロヴィスが寂しそうな表情をする。
ルルーシュが可愛くて仕方ないのはシュナイゼルもクロヴィスも一緒なのだが、クロヴィスの席はルルーシュから遠い。
それは偏に彼らの積極性によるものだ。クロヴィスは穏やかな性格をしているために自己主張ができないのだ。
ちなみにルルーシュの右隣はシュナイゼル、左隣は現在は空席だが妹のナナリーの席になっている。正面は勿論父でありブリタニア皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアの席だ。

「ルルーシュ、私にタルトをもう1切れ下さいな」
「ユフィ、あまり食べすぎはよくない。サンドウィッチにしておけ」
「嫌です。ルルーシュのタルトが美味しいからいけないのです」
「お肉ぷにぷにーってなっても知らないぞ」
「むぅ、そうならないように日々努力してるんです。私はルルーシュみたいに細くないから毎日大変なんですよ。そんな私にご褒美くれてもいいじゃないですか」
「仕方ないな」

1つ年下の義妹に上目遣いで睨まれて、ルルーシュは苦笑して白旗を上げる。
コトン、と置かれたタルトを美味しそうに頬張る様子は作り手冥利に尽きるのでとても嬉しい。
だが本当に体重が増えてしまったら涙ながらに駆け込んでくるのは間違いないだろう。
実際過去に何度もあった。その度にルルーシュはユーフェミア用にカロリーオフのメニューを考える羽目になるのだ。
今回もそうならなければいいと思うが、多分無理だろう。
元々食が細い上に食べても太らない体質のルルーシュにとって、ユーフェミアの体型は女性としては理想的な体型で全然太っていないどころかむしろ羨ましいと思うのだが、こればかりは周りがどう言おうと主観の問題なのだから何を言っても聞き入れてくれたためしはない。
そんなことを思っていると愛犬と一緒に戻ってきたナナリーとユーフェミアが最後に残ったスコーンを狙ってじゃんけんを繰り広げるのだが、もはや日常となっているそれに咎める声は起こらない。
シャルルとマリアンヌが軽く笑い、じゃんけんに負けたユーフェミアがコーネリアに泣きつき、仕方ないなとクロヴィスが自分の皿からくるみのスコーンをユーフェミアの皿に移してあげたりと、いつもと同じ光景が繰り返されるのだった。


  • 09.05.21