新学期が始まってもルルーシュは学校に行こうとしなかった。
正確には行きたくても行けない事態になっていた。
原因はクリスマスから依然として政財界を賑わしている騒ぎだ。
中華連邦一の大財閥と言われる黎財閥の御曹司星刻の初のロマンスの相手が、ヨーロッパでも有数の財閥の令嬢であるルルーシュだという新聞記事。
事実無根であると言っても誰も信じず、何故だかルルーシュの父親が肯定も否定もせずに「黎星刻か…、あやつならば儂の大切なルルーシュを任せてもいいかもしれんのう」などととんちんかんなことを言ってのけたものだから、事態は悪化の一途を辿っていた。
えぇいこの馬鹿親父、久々に声を聞いたと思えばそれかい。
テレビの画面に向かってルルーシュは怒鳴った。
それはもう自分の肺活量も忘れて怒鳴ったものだから、その後しばらくまともに声が出なかった。
休みに入ってからというもの家の前には報道陣、自宅の電話には親戚知人からの連絡がひっきりなしに入り、個人所有の携帯電話にはスザクを始め学校の友人から一体どうなってるんだ説明しろという内容の留守電及びメールが大量に送られてきたものだから、追い詰められたルルーシュはシュナイゼルに誘われるまま国外へ逃避した。
パリ、ニース、ロンドン、ベルリン、ザルツブルグ、ニューヨークとありとあらゆる手段で移動をしていたというのにマスコミはしつこかった。
ついにはホテルから一歩も出られなくなったルルーシュの様子は同行していたシュナイゼルが心配になるほどで、こうなったら張本人に責任を取らせようということで最後に連れて行かれたのは中華連邦。
中華連邦に黎財閥の力が及ばない場所はない。
ようやくカメラの向けられない場所が星刻の別宅だということはこの際関係なかった。
心ゆくまでくつろぎ羽を伸ばして、そしてそろそろ新学期ということもあって帰国したルルーシュを待っていたのは――更に苛烈を極めた報道だった。
よく考えなくても婚約の噂があった相手の家に冬休みの間中滞在していたのだ。
それが兄同伴であろうとなかろうと話題になるのは当然で、更にはマスコミを一切シャットアウトしていたのだから報道陣の想像力は果てしなく広がっていった。
そこにシュナイゼルの真意があったかどうかはルルーシュにはわからない。
そういうわけで、ルルーシュは今日も変わらず自宅にプチ引きこもり中なのである。
「ルルーシュ、いい加減学校に行ってはどうだい」
「嫌です」
「お姉さま、ミレイさんが心配してましたよ」
「すまないナナリー。だが、まだ学校には行けそうにないんだ」
「姉さん、マスコミが何か言ってきたら僕が沈めてあげるから大丈夫だよ」
「ロロ…沈めなくていいから」
シュナイゼルばかりでなく、学校から戻ってきたナナリーやロロにまで登校を促されるが、かと言って今出ていけばマスコミの餌食になるだけだとわかっていてどうして出ていけよう。
ナナリーやロロだってマスコミには追われていないけれど、おそらく学校内で質問攻めにされているはずなのだ。
それを微塵も感じさせない2人には感謝している。
だが自分が登校するとなれば話は別だ。
2歳年下の弟はナナリーとよく似た甘い顔立ちでありながら武道全般において優秀で、最近では柔道と空手が黒帯になったと言っていた。
ロロの申し出は正直ありがたいが、弟を盾にするような真似はしたくない。
実はロロが武道を習っているのは、姉に不埒な想いを抱く輩を一掃するためなのだということに、ルルーシュだけが気づいていない。
ちなみに秘密裏に葬られたロロ曰く『不埒な輩』はまもなく2桁になる。
枢木スザクはロロにとって葬りたいリストNo.1なのだが、相手も武道に秀でた男なので悔しいがまだ敵わないのだ。
「姉さん、もしかして枢木先輩のこと…」
「いやそれはまったくないから安心しろ」
不幸中の幸いか、この騒動のせいでスザクのことを悲しんでいる時間はまったくない。
というかむしろそんなことはとっくの昔に忘却の彼方だ。
あぁそういえばそんなこともあったねとあっさり言ってしまえそうな自分が悲しい。
だが実際スザクの浮気現場を目撃したことなど、そりゃ当初は心も痛んだし傷ついたりもしたけれど、そんなの世界中どこに逃げてもパパラッチに負われる苦痛に比べれば遥かにマシだ。
こんなことなら中華連邦から戻ってこなければよかったとルルーシュは思う。
星刻は今回の報道を未然に防げなかった負い目があるせいかとても紳士的だったし、ぶっちゃけ中華連邦での生活はルルーシュにとって快適そのものだったのだ。
星刻は大人の魅力たっぷりだし、あの兄の親友をやっているにしては信じられないほどの常識人だから話していて楽しかったし、星刻の従妹の天子もナナリーよりも小さくてとても可愛らしかった。
そう、決してルルーシュ個人は星刻のことは嫌いではないのだ。
勿論失恋したばかりの(実感はないが)ルルーシュはすぐ次の相手というわけにもいかないからそういう対象では見ていないのだけれど。
「あぁ、そろそろだな」
「兄上?」
時計を見るなりテレビのスイッチをつけたシュナイゼルにルルーシュは首を傾げる。
「いや、何、そろそろ時間なんでね」
「ですから何が…」
「あら、星刻さん」
ナナリーの声に慌てて振り向けば、テレビに映っているのは紛れもなく星刻で。
秀麗な顔に深い皺を刻んで人並みをかきわけている星刻はルルーシュが見たことのない険しさだった。
星刻の周囲を囲んでいるのは報道記者だ。
そのへんの芸能人よりも見目がいい星刻は、政財界では数少ない独身貴族ということもあり普段から人気が高かった。
尤も追いかけてくるのはほとんどが玉の輿目当ての妙齢の女性ばかりであったから、今のように壮年の取材記者に追いかけられるのは慣れていないのだろう。
むしろ慣れたくない。
『星刻さん、逃げないで答えてくださいよ。この休みはルルーシュ嬢とずっと一緒だったんですよね』
『彼女が帰国してしまって寂しいですか?』
『そういえばルルーシュ嬢は学校に登校していないとのことですが、何か原因をご存知ですか?』
テレビから聞こえてくる声にお前らのせいだとルルーシュは1人ごちた。
あぁやっぱり星刻のところにもマスコミは来てるんだ。
というかこれ生放送じゃないか。
シュナイゼル兄上はどうして今放送されてるってわかったんだろう。
振り向けば、実にいい笑顔の兄。
もしかしてシュナイゼルが星刻に何か仕込んだのだろうか。
そうでなければ今このタイミングで星刻がわざわざマスコミの前に姿を見せる必要がないはずだ。
いやいやいくら何でも血の繋がった兄を疑うなんていけないぞルルーシュ。
なんて考えていたのだが……。
『ところで、星刻さん。あの噂は本当なんですか?』
疑うなんて…。
『確かに、私とルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは結婚を前提に交際している。卒業を待って結婚するかは今のところ決めていないが、いずれにせよ然るべき形で公表をさせてもらうつもりではいる。――これで満足か? これ以上私や彼女に執拗な取材を行うようであれば、黎財閥を敵に回すと思ってくれてかまわない。失礼する』
頭1つ低い記者を睨み付けてそう断言する星刻はまさに男の鑑と言えるだろう。
公衆の面前で噂になった女性との交際を認め、そして女性を守るために全力を尽くす。
それは多くの女性にとって憧れのことかもしれない。
だが…。
何も知らないルルーシュにとっていきなりの爆弾宣言は救いでも何でもなく。
「し………星刻うぅぅぅぅーーーーー!!!!」
大嘘ぶちかましてんじゃないお前いつからそんな男になりやがったこっちの都合も考えてみやがれ一体何で俺とお前が結婚を前提に付き合ってるってことになったんだこの問題に俺の意思は関係ないのかそうなのかふふふふふ一体どうしてくれようこの男。
「お姉さま、お電話ですよ」
ルルーシュの意識がブラックにのっとられかけていることなど気づかないナナリーは、相変わらず春の陽だまりのような笑顔で受話器をルルーシュに差し出してきた。
「あぁ、ありがとうナナリー」
ナナリーの前でだけはいつでもどこでもどんな時でも完璧なロイヤルスマイルを浮かべられるのはルルーシュの特技だ。
内面のどす黒さなど微塵も感じさせない笑顔で電話を受け取る。
「もしもし」
『はあーい、ルルちゃーん。素敵な騎士を持ってるのね。ミレイさんってば羨ましいぞ』
通話を押せば聞こえてきた声に凍りついた。
「か…会長…?」
『イエース。皆のアイドルミレイさんでっす。久しぶりねえルルちゃん。何度連絡しても全然出てくれないんだもの。寂しかったんだぞ。――ということでじっくりと話してもらおうじゃないの。マスコミは撤退させるから明日は必ず学校にいらっしゃい。嫌だと言ったら家まで迎えに行くからね。返事は?』
「……わかりました」
『うん、よろしい。――あ、そうそう。今隣でスザク君が凹んでるけど無視していいのかしら。それともとどめさしておく?』
「…後者でお願いします」
『了ー解。じゃあね、ルルちゃん。明日待ってるわよ』
プツンと切れた電話が指からすり落ちる。
ゆっくりと振り向くと悠然とくつろぐ兄の姿。
「兄上…もしかして知ってました?」
「星刻の告白のことかい? まあねえ、そう仕向けたのは私だからね」
や は り お 前 が 原 因 か 。
あぁ、何だろう。今とっても泣きたい気分なんだけど。
- 08.12.21