最近変だ、とルルーシュは思う。
何が変かと言われるとはっきりとは言えないのだが、どうにも自分の感情が上手くコントロールできないのだ。
原因はわかっている。星刻のせいだ。
星刻が自分に向かって笑いかけるたびに鼓動が跳ね上がるのだ。
脈拍異常、呼吸困難、何やらわからないが精神的によろしくない。
そんなわけで少し距離を置こうと思っているのだが、普段は忙しいくせにここ数日の星刻はバベルタワーに向かうことも少なく、至って普通に高校教師の職業だけを全うしているものだからきっちり6時には帰宅してきてしまうのだ。
そうすると一緒に食事を摂らないわけにもいかず、その後も何となく部屋に戻るタイミングを失ってリビングで一緒に過ごすことが多い。
その時間は勿論穏やかで楽しいと言えば楽しいのだが、どうにも星刻はルルーシュを揶揄うのが楽しいらしく何かとちょっかいをかけてくるものだから、どうにもこうにも心臓によろしくない。
だからと言って部屋に逃げてしまうとそれはそれで何となく寂しくて、結局謝罪を告げる星刻を許してしまうのだが。
一緒に暮らすようになって数ヶ月、最初は赤の他人と暮らすことに抵抗を覚えたものの、こうして月日を重ねていけば星刻の存在はルルーシュにとって存外心地良いものになっているのが不思議だった。
最初は絶対慣れることがないと思っていた星刻のスキンシップでさえ、毎日のように繰り返されれば慣れてくるもので、優しく頭を撫でる手も頬に落ちてくるキスも、今ではないと寂しいと思ってしまう。
その感情の変化を何と呼ぶか、恋愛経験皆無のルルーシュにはまだわからなかった。
◇◆◇ ◇◆◇
どうやら転入生が来るらしい。
その噂を聞いたのは先週の終わり。
『らしい』というのはあくまでもクラスで噂しているのを聞いただけであって、ルルーシュ自身が確認したわけではないからなのだが、週が開けた月曜日の今日になって俄然とその言葉に真実味を帯びてきた。
職員室に見知らぬ男子生徒がいた、どうやらこのクラスに編入してくるらしい。
そんな話を小耳にしながらルルーシュはぼんやりと窓の外を眺めていた。
生徒会役員であるルルーシュが何も聞いていないのだから事実かどうかは分からない。
生徒会長であるミレイならば知っているかもしれないが、元々ルルーシュはその類の噂には全く興味がないためミレイに確認したこともないし、ミレイがルルーシュに話した記憶もない。
初等部から大学まで一貫したアッシュフォード学園への編入希望は多いが、良家の子息子女の多いこの学園で学期途中の編入ということはほとんどない。
どうせただの噂かせいぜい短期留学程度だろうと結論付けたルルーシュの耳に、転入生を紹介するという星刻の声が聞こえてきたのはほぼ同時。
気づけばいつの間にか担任である星刻が教壇の前に立っていた。
そんなに呆けていたつもりはないのだが、いつの間にかSHRが始まっていたことに少々驚いた。
だが、それよりももっと驚いたのは星刻の声に促されるまま教室に入ってきた少年の姿だった。
細身だがしっかりと引き締まった身体、ふわふわの茶色の巻き毛、新緑を思わせる碧の双眸、日焼けした肌。
そして人好きのする笑顔。
『ルルーシュは鈍くさいからな。俺が守ってやるよ』
そう言ってルルーシュのボディーガードを自称していた、どこか俺様な幼馴染。
引っ越してから8年、一度も音沙汰なかった少年が、そこにいた。
思わず椅子を鳴らして立ち上がってしまったのも無理はない。
「え…スザク?」
立ち上がったルルーシュに向けられた多くの視線。
ほとんどのそれは好奇心だが、目の前の2つは違っていた。
1つは咎めるもの。担任である星刻のものだ。
そしてもう1つは件の転入生の碧眼。
ルルーシュを認めた途端、双眸が大きく見開かれた。
「ルルーシュ…本当に君なの?!」
そう認めるや否や、転入生はルルーシュの席まで歩み寄る。
なるほど知り合いだったのかと納得しかけたクラスメイトは、その後目の前で繰り広げられた光景に音を立てて固まった。
何故なら転入生がいきなりルルーシュに抱きついたのだ。
そればかりならまだしも、男嫌いで有名なルルーシュが苦笑を浮かべながらもその身体を抱きとめるように背中に手を回している。
意外な2人の突然の行動に誰が声を出せるだろう。
「どうしたんだ、スザク。転入だなんて…」
「それはこっちの台詞だよ。ルルーシュってば引っ越したっきり連絡1つ寄越さないでさ。僕の方から連絡取れないって分かってたはずなのに冷たいんだから」
「あ〜…悪い。ちょっとゴタゴタしてたから。手紙も出したけど戻ってきたんだよな確か」
「父さんの仕業だな、まったく…。僕がルルーシュと仲良くしてたの良く思ってなかったのはわかってたけど、まさか手紙まで邪魔することないのに」
「ゲンブ殿だって立場があるんだから仕方ないだろう。過ぎたことなんだから気にするな」
「まったくルルーシュは…ってあれ? なんか注目浴びちゃってる?」
周囲の視線が自分とルルーシュに注がれることにようやく気づいた転入生は、きょとんと首を傾げて周囲を見回した。
まったく邪気のなさそうなその表情。
だがルルーシュの後ろにいるシャーリーには、その手がしっかりとルルーシュの腰を抱いているのが見えた。
恋愛に関してはとんでもないアンテナを張っているシャーリーだ。
意識しているのか無意識なのか、ルルーシュと親しいという事実を周囲にアピールしているようにしか見えないのは恋する乙女の見せる幻だろうか。
シャーリーはちらりと教壇を盗み見る。
心なしか普段よりも2割ほど担任の機嫌が悪くなっているように見える。
こちらは幻でも何でもないだろう。
(あたし、知ーらない)
何だか面白いことになりそうだと思ってしまうシャーリーは、どうやらすっかり生徒会長の考えに染まってしまっていることを本人はまだ気づいていない。
- 09.08.15