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kissで誤魔化して


平和だ。
そうしみじみと感じているのは、ルルーシュ・ランペルージ改め黎ルルーシュ16歳。
いやでも学園内ではルルーシュ・ランペルージか。紛らわしい。
不幸な事故から天涯孤独の身になったかと思いきや、気が付いたら担任教師の妻となって早1ヶ月。
何が面白いのか日々ルルーシュをからかって遊ぶ夫兼担任教師兼某華僑総帥代理によって、ルルーシュの平和な日常は学園内しかない。
否、自宅でも平和と言えば平和なのだ。
隙あらば何かとからかってくる星刻を無視していれば、の話であるが。
だがあの男は何故かルルーシュをからかうことにかけては他の追従を許さず、更にはルルーシュ自身が自覚なく墓穴を掘りまくっているために、哀しいかなルルーシュにとって自宅は安心できる場所ではなくなってしまった。
といってもされることと言えば少々のセクハラばかり。
それも新婚家庭としては極当たり前、むしろ控え目でないかと思うのは一般的なのだが、生憎恋愛に疎い上に今まで恋人などという存在に無縁だったルルーシュにとってそれは正に未知の世界。
帰宅の挨拶代わりに送られる頬へのキスすら赤面してしまうほどの純情可憐箱入りっぷりなのだから、これは星刻が責められることではないだろう。
一応星刻の名誉のためを言えば、ルルーシュが過剰に反応するほど星刻は彼女に迫っているわけではない。
先程述べた通り頬への挨拶代わりのキスがいいところで、それ以外は風呂上りに暑いからという理由で上半身裸のままバスルームから出てきてルルーシュを慌てさせてしまった程度。
後はルルーシュが掘って掘って掘りまくった墓穴に便乗して、軽い嫌がらせ兼愛情表現を行っているくらいだ。
間違いなくルルーシュ以外の女性ならば頬を染めて喜ぶ類のものだろう。
だがそんな恋愛事情など知らないばかりか知ろうともしないルルーシュにとって、自宅にいても気が休まるどころか緊張しっぱなしなので、こうして学園内で友人達と一緒に過ごす時間は貴重な癒しの時間だった。
今日もいつものように弁当を手に生徒会室へと足を運ぶ。
教室で食べてもいいのだが、慣れた生徒会室へと向かってしまうのはもう既に習性になっている。
扉を開ければ必ずいる生徒会のメンバー。
最初こそ半ば強引に生徒会役員に巻き込まれたようなものだが、ルルーシュはこのメンバーをかなり気に入っていた。
突拍子もないことをいきなり言い出す上に企画予算後始末すべてルルーシュに丸投げの会長のミレイは別としても、シャーリーを始めリヴァルやニーナ、カレンなど気心をしれた仲間と一緒に過ごす時間は心地よく、ルルーシュ以外のメンバーも同じく思っているからこそ昼食時にはこの場所へ集うのだろう。
そう思いながら「平和って素晴らしい♪」と鼻歌を歌いながら弁当を広げたルルーシュに、そうとは知らず爆弾を投げ落としたのは、『恋愛こそ人生の至上なり』というスローガンを掲げているシャーリー・フェネット。

「ねえねえ、星刻先生に恋人が出来たんだって。しかも超ラブラブらしいよ」
「まっさかぁ。星刻先生っつったら堅物で有名じゃん。学校内のほとんどの女子生徒から騒がれてるのに眉1つ動かさないって評判の先生に恋人ぉ〜?」

シャーリーの言葉に食いついたのはやはりというかリヴァルで。
自称学園一の情報通の面目にかけて、シャーリーの言葉に半信半疑だ。
そしてそんなシャーリーの言葉に、食べていた八幡巻を喉に詰まらせたのは、知らないうちに噂になっていた相手であるルルーシュ。
とりあえず堪える。噴き出したら墓穴を掘る。なので堪える。必死で堪える。
涙目になりながらも無事八幡巻を飲み下したのはルルーシュにしては上出来だ。

「嘘じゃないもん。最近職員室で話題になってるんだって。何でも愛妻弁当よろしく毎日お弁当持参してるって。しかもすっごい美味しそうだって話だよ」
「どうせお袋さんじゃんねえの」
「そんなことないよ。だって星刻先生1人暮らしだもん。第一お母さんがご飯にそぼろでハートマークなんか作るわけないでしょう」
「ハートマークって…それ間違いなく愛妻弁当じゃん」
「だから結婚前提の彼女でも出来たんじゃないかって、職員室ではもっぱらの噂だよ。星刻先生はあの通りだから肯定も否定もしてないって」

ルルーシュは机に突っ伏した。
何が原因でアレでコレな状況になっているのかわからない。
第一シャーリーはどうして星刻が1人暮らしだって知ってるのだろう。
星刻が自分の素性を話すとは思えないから、もしかしてこれはシャーリーが言う所の恋する乙女の情報網というやつか。恐ろしい。
それにそぼろでハートマークなんて作ったことない。
確かに三色そぼろの弁当は先日作った。でもそれはひし形を模ったはずだ。
もしかしたらそれが遠目ではハートマークに見えたのか。
というかあれほど職員室ではなく1人で誰にも見られることないように食えと言っていたのに。星刻の大馬鹿者。

「あれ、ルル? どうかしたの?」
「…………いや、何でもない」

努めて何もないフリをした。
とりあえず顔は赤くなっていないだろう。…先程強打した額以外。
ルルーシュが星刻の弁当を作るようになったのは、引っ越してからすぐのことだから間もなく1ヶ月になる。
初日こそ自分の分だけを作っていたのだが、星刻が食堂を利用していることと、食堂はかなり混雑していて席を確保できない場合は購買で買ったパンのみで昼食を済まし、更には面倒だと昼食を抜くことも珍しくないと聞かされたルルーシュが、どうせ作る手間は一緒1人分だろうが2人分だろうが大差ないと作り始めたのが最初。
食にこだわりがなく、それこそコンビにおにぎりでも文句言わなかった星刻だが、ルルーシュの料理は自他共に認める天下一品。
しかもプロ顔負けという美味しさで、今ではルルーシュの食事以外食べたくないと豪語しているほど。
日々の弁当を楽しみにしていると言われるのはルルーシュとしても嬉しいことなのだが、いくら嬉しいからと言っても一応理事長直々に結婚は極秘にと頼まれている手前、弁当は1人で食べてもらいたかったと思うのはルルーシュの我儘だろうか。
多分星刻に問い詰めればこう言うだろう。曰く、不可抗力だと。
実際星刻はルルーシュの手作り弁当を見せびらかすような男ではない。
ルルーシュの言葉通り、職員室ではなく教務室や校庭で食べていたのだが、何せ星刻は学園内でも一、二を争うほどの人気の男性教師。
昼食時に生徒が乱入など珍しいことではなく、いくら隠そうとしてもその際にちらりと中身が見えてしまうのは仕方ないことだ。
更に普段弁当など持参しない独身男性が、明らかに手作りと分かる弁当箱を持参していれば、同じく結婚適齢期の独身女性教師及び星刻との禁断の愛に燃える女子生徒及び面白おかしいことが大好きな男子生徒の関心を買うのは当然のこと。
それでも星刻はルルーシュの言葉を守って弁当については黙秘を貫いている。
そして文系教師でありながら剣道柔道空手合気道その他諸々全て黒帯という(ついでに言うと銃や暗器の腕も超一流なのだが、それは一般人は知らなくていい事情だ)、ありえないほどの身体能力を有する星刻から弁当の全容を知る人物は未だに出ておらず、結果として星刻持参の弁当については謎ばかりが深まり密かに学園内で話題沸騰中なのをルルーシュと星刻だけが知らない。
突き詰めればルルーシュの言葉が全ての元凶だと言えなくもない。
勿論そんな事情をルルーシュが知るわけがないから、今ルルーシュの脳内を占めているのは多分に悪びれない夫にどう話をつけようかということだけだ。
弁当を中止するという選択は彼女にはない。
何しろ食堂のランチは量ばかりが多くて味は二の次三の次だし、購買のパンだって値段の割りに栄養は少ないし腹持ちも悪い。コンビニのおにぎりなど論外だ。
一応形ばかりでも妻なのだから夫の食事管理は妻の仕事だよな、とお前ら本当に成り行きで結婚したのか、実はお互いとんでもなく大好きなんじゃないかと勘繰られてもおかしくないことを考えていたりしたのだが、ポーカーフェイスは得意なルルーシュだ。見破られていることはないだろう、多分。

「星刻先生のお弁当かぁ。それはさぞかし美味しそうなんでしょうね」

ルルーシュの思考をぶった切ったのは幼馴染であり学園内のトラブルメーカーであるミレイ・アッシュフォードのこんな台詞。
気が付けばルルーシュの背後に立っている。
いつの間にやってきたのか、気配をまったく感じさせなかった。

「きっとご飯は彩り豊かな鶏五目御飯、おかずは牛蒡と人参の八幡巻に出汁巻き卵、ちょっぴり辛味の効いた蓮根のきんぴら、彩り鮮やかにプチトマトとブロッコリーのミニサラダ。デザートには季節のフルーツ盛り合わせってところなんでしょうねぇ」
「やだ、会長。それってルルのお弁当じゃないですか」
「うふふ、冗談よ。冗談」

ミレイは笑ってそう言うが、言われたルルーシュは冷や汗ものだ。
何しろルルーシュの弁当の中身イコール星刻の弁当の中身なのだから。
結婚云々の事情はミレイには知られていないはずだ。
理事長直々に口外無用を強いた以上、態々孫娘に吹聴するはずがないと信じたい。
理事長が相当の孫馬鹿だと知っているが、頼むからそうであってくれと願いたい。

「それにしても、星刻先生に恋人ねぇ〜」

あの、意味ありげにこちらを見るのをやめてもらえませんか。
しかしそう口に出したらルルーシュの負け。
幸いミレイの視線の先には誰も気づいていないようだ。
このまま何事もなく終わることを願う。いや、終わらせよう。
そう自己完結してルルーシュは急いで食事を終わらせようとした。
食事を中断して部屋を出るのは不自然。となれば全部食べ終えて教室に戻るしかない。
たとえ一時しのぎだとしてもミレイに捕まるよりは断然いい。

「それはさぞかし美人で頭が良くて料理が上手で、しかもツンデレでドジっ子な可愛らしい人なんでしょうね」
「やだ。それってまんまルルのことじゃない」

シャーリーの言葉に飲んでいた茶を噴き出したルルーシュに罪はない。
伏兵がここに潜んでいたかと思いつつ、慌てたら負けとルルーシュは平静を保った。
既に平静でないことは周知の事実である。

「ば…馬鹿なっ! 私と星刻…先生が付き合っているように見えるか」
「ううん見えない」
「全然」
「あはは、まさか」

笑って全否定。うん、ありがとう。なのに腹が立つのは何故だろう。
本当は交際じゃなくて結婚なんだけど、これをばらしたら平穏な時間はどこにもなくなってしまう。
友達思いの彼らのことだ、味方にはなってくれるだろう。
だがその前に散々からかわれて弄ばれていじくられることは間違いない。友情って何だろう。

「ならいいんだ。あ、購買に行かなきゃいけなかったんだ。じゃ、そういうことで」

さりげなさを装って席を立つ。食べ終わった弁当箱を洗うのはこの際後でもいいだろう。汚れは今洗わなくても落とせるが、ミレイから逃げるのは今しかない。
パタパタと小走りに消えていくルルーシュの背中を見送る3対の目は胡乱げだ。
ちなみに当然ミレイ、シャーリー、リヴァルの3人である。
ニーナとカレンは興味がないらしく、生徒から差し入れてもらったシュークリームに舌鼓を打っている。

「どう思う、あれ?」
「間違いなく、何かあるわね」
「問い詰めた方がいいかな」
「いや、やめておきましょう。ルルちゃんが隠してるってことは何か事情があるってことよ。ここは親友として保護者として温かく見守ってあげようじゃないですか」
「賛成。ようやくルルにも春が来たんだもんね。邪魔したら可哀相だわ」
「甘いわシャーリー。秘密が暴露されそうになって慌てるルルちゃんほど可愛いものはこの世に存在しないのよ。きっちり観察させてもらってしっかり遊ばせてもらおうじゃないの」

決定事項のように断言してほくそ笑むミレイに、さすがのシャーリーもそれは可哀相だろうと思ったのだが、暴走したミレイを止められる人物は世界のどこにも存在せず、結果としてシャーリー以下生徒会役員全員はルルーシュの今後に幸があることを祈るしかできなかった。

そしてそんな事情など何一つ知らないルルーシュと言えば。


「くちゅんっ!」
「大丈夫か?」
「悪寒が…。いや、気のせいだ。それより早く歩け」

廊下で偶然会った星刻を校舎裏に引きずっていくところだった。


  • 09.04.15