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kissの誘惑


学校でのルルーシュの態度は普段と何一つ変わらない。
それこそルルーシュ・ランペルージであろうと黎ルルーシュであろうと関係ないと言わんばかりに普段と同じ態度を見せる。
自分のことを語るのが嫌いなルルーシュだ。
おそらく親友であるシャーリーにも話していないだろうと思われ、だからこそ行動は普段通りなのだろう。
相変わらずの鉄面皮に悪戯心が起きるのは当然。
自分を見る視線に意味深は笑みを浮かべてみれば、恥ずかしそうに顔を赤くする様を見て内心でほくそ笑む。
帰宅して早々悪趣味だと真っ赤な顔で怒るのはわかっているが、それでもこんな初心な反応が面白いのだからやめるつもりはない。
嫌なら無視すればいいだけの話だ。
尤もそうさせるつもりは端からないのだけれど。

さて、星刻とルルーシュが結婚したことは、当然のことながら学校には秘密だ。
正確には同僚や生徒には内緒ということだ。
というのも一応報告をと理事長に話したのだが、結婚しましたの報告と同時に白目を向いて卒倒されてしまい、お願いだから公にするのだけは勘弁してくれと涙ながらに訴えられてしまったのだ。
星刻としてはルルーシュは結婚が認められる年齢だし、第一在学中の婚姻を禁止する校則などないのだから、ばれたところで一体何が困るんだという程度の認識だったのだが、この時点で大きな間違いだということに星刻は気づいていない。
16歳の教え子と担任教師が在学中に結婚。
しかも相手は氷の美少女と呼ばれるルルーシュ・ランペルージ。
男女問わず人気の高い副会長が教師の魔の手に堕ちたと知れれば暴動が起こること間違いないという理事長の懸念を、気づかないのは当の本人ばかりなり。
土下座せんばかりの勢いで頼み込む理事長の願いを無下にするのも面倒…もとい申し訳なく、卒業までは結婚を公にしないという約束をしたのはつい先日のこと。
そうして始まった秘密の結婚生活なのだが、時折悪戯を仕掛けてしまうのは許してもらいたい。
何しろ慌てるルルーシュというのは中々に可愛いのだから。
などと惚気なのか意地悪なのかわからない台詞を内心で呟きつつ、星刻は授業を始めるべく教室の扉をくぐった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





星刻にとってルルーシュ・ランペルージという少女は、ひと月前までは単なる生徒の1人でしかなかった。
頭の回転が速く、会話をしていて時折自分が驚くほどの機転を見せる少女。
だがその頭脳の使い方を少々間違えているのではないかと思うほど、時々とんでもないミスを犯して友人達から慰められている様子など、見ていて飽きない逸材ではあった。
そんな彼女がバベルタワーに出入りしていることは知っていた。
あそこは黎家の所有するホテルだし、何よりも一族の経営するカジノがある。
彼女が天涯孤独の身の上だということも知っていたため、最初はホテルでアルバイトをしているのかと思った。
違うことを知ったのは、たまたま目にした防犯カメラの映像。
そこに映っていたのは、大胆にも制服姿のルルーシュで。
そういえば彼女はチェスが得意だと聞いていたが、まさか合法とは言えカジノに出入りして賭けチェスをしているとは思っていなかった。
しかも相手は黒のキングと称される男。
実力はそれなりなのだが少々きな臭い噂が立つこの男は、経営者である星刻にとってもあまり歓迎できない客であることは間違いなく。
そんな男を相手に戦っているのが教え子であるということに眉を潜めたのだが、更に悪いことに勝算は明らかにルルーシュの方にあって。
柄の悪い連中と懇意だという男がどういう行動に出るか想像に難くない。
本来ならば警備員に摘み出させるだけで済んだのだが、どうしても放っておけなかったのは彼女の境遇を知っている所以か。
総帥(代理)自ら姿を見せたことに硬直した周囲を無視して、放心したように座り込む少女を拾って帰った。
そうして知った彼女の強さと脆さ。
滅多に湧かない仏心を振り払った彼女に感じたのは興味と関心。

面白いと思った。
この状況下でそれでも矜持を捨てない彼女を。
守りたいと思った。
他人に頼るということを知らない不器用な心を。

そんな理由で締結された結婚という儀式。
致命的に突発事項に弱い少女が状況を把握したのは、書類を提出し住んでいたアパートを解約して荷物を星刻のマンションへ運び終わってからのこと。
コトン、と目の前に茶を出された時の驚きっぷりは今思い出しても素晴らしいの一言に尽きる。
部下には悪趣味だと眉を潜められたし、己の結婚をそんな簡単に決めてしまうなんて軽率すぎると窘められたが、そんなことは最初から承知なのだから別に気にしない。
所詮結婚なんて書類上だけのこと。
不都合を感じたら離縁すればいいだけの話だ。
ルルーシュが成人して一生を添い遂げたいと思う男が現れるのが先か、自分が家のための政略結婚をするのが先か。
それまで一緒に暮らすだけの間柄ではないか。
ルルーシュはまだ子供で、どれだけ頑張ったところで1人で生きていくには世間は厳しすぎる。
ならば自分の庇護下でしばらく生きていけばいい。
彼女の能力ならばいずれ自活することも可能なはずだ。
それまで足長おじさんを気取ってもいいだろう――多分に興味本位ではあるけれど。
唯一の誤算はルルーシュが家族として最適な人材であったことだろう。
家事炊事洗濯はすべて完璧。
星刻の好みを熟知した料理はどの料理店にも負けず、掃除洗濯は家政婦顔負け。
学業とアルバイトの両立をしながらの家事だというのにも関わらず手を抜いたところは一切見られないし、それほど時間をかけているようにも見えないから不思議だ。
時間配分を計算すれば簡単なことだとルルーシュは言うが、生憎家事において能力皆無な星刻には神業にしか見えない。
毎日渡される弁当も栄養・彩り・味ともに申し分なく、お陰でここ数日の食生活は非常に豊かなものだ。
更に頭の回転が速いルルーシュとの会話は楽しい。
星刻の副業(本業は教師なのだから総帥代理は副業と呼ぶのがふさわしい。いくら収入が桁違いだとは言ってもあくまでも副業なのだ)に対して自分から口を挟まないが、星刻の質問には明確に答える。
それは得てして星刻が考えている内容とほぼ同じもので、16歳の少女から発せられるとは思えないほど。
政治・経済・世界情勢と詳しいルルーシュは、もしかしたら自分の部下達よりも遙かに有能かもしれない。
将来部下に欲しいなと思ってしまうのは総帥代理としての心情で、このまま普通の生活を送って欲しいと思うのは教師としての願いか、或いは形ばかりの夫としての贖罪か。

「また、何かわけのわからないことを考えているんだろう」

聞きなれた声とため息。そして鼻腔をくすぐるほのかな花の香り。
目の前に置かれたのはガラスポット。その中には見事に花開いた茉莉花と菊花。
『錦上添花』と呼ばれた中国茶は味は勿論のこと見た目にも美しく、最近のルルーシュのお気に入りとなっている一品だ。
白磁の茶杯に注がれたそれは芳醇な香りと奥深い味わいで星刻の喉を潤す。
紅茶には詳しいが中国茶は馴染みの浅かったルルーシュ。
どうやら彼女の好みに合ったようで、凝り性だということもあり今では星刻よりも余程上手に茶を淹れる。
珈琲や紅茶が嫌いなわけではないが、どうしても習慣として中国茶を飲む機会の方が多かったから、何も言わなくても星刻の意を汲み取ってくれるルルーシュの気持ちは正直言って嬉しい。

「あまり難しいことばかり考えてると、禿げるぞ」

にやりと笑ってそう言うルルーシュ。
面白いと思うのはこういう所だ。
その言葉がどういう結果を呼ぶとも知らず。
相変わらず学習能力がないなと思いつつ、星刻は得意顔で背を向ける新妻の腰に手を回した。

「ほわぁっ!?」

細い身体は苦もなく星刻の膝の上に収まる。
慌てて逃げようともがく身体を背後からがっちりと押さえ込む。
星刻とて大人の男だ。女性経験は決して少なくない。
それでもこのように初々しい反応を示す女は今までにおらず、腕の中で暴れる姿は見ていて楽しい。

「禿げた夫は必要ないか、ルルーシュ? 冷たい奥方だな」
「星刻! 馬鹿なことを言ってないで放せ!」
「男の価値は髪ではないと証明してやろうか?」
「全力で辞退する!!」

勿論本気で手を出そうと思っているわけではない。
それでも、こうして戯れているのが楽しいと感じているのは確かだ。
総帥代理としての黎星刻を知る者がこの光景を見たら、おそらく絶句して半日は固まっているだろう。
冷静、冷酷、冷徹。
冷ややかな三拍子揃った男として名が知れた黎星刻が、まさか若い妻と戯れ笑っている姿など想像できないはずだ。
部下にはとても見せられないなと思うのは自分の姿ではなく、膝の上で真っ赤になっている少女の姿。
逃げるのは無理だと悟ったのだろう、涙目で震える姿は何ともいじらしい。
さて、今日はどうやって遊ぼうか。
およそ教師らしくない笑みを口元に浮かべ、星刻は新妻の頬に口付けを落とした。


  • 09.04.04