HRだろうが授業中だろうが、クラス内が騒がしいのはいつものことだ。
周囲の女子が何やら小声で会話しているけれど、ルルーシュはその輪には加わらずにいる。
授業中だからという理由では勿論ない。
理由は簡単、興味がないからだ。
何せクラスメイトの会話と言えば、何組の○○君がかっこいいとか昨日のドラマが面白かったとか、アイドルの○○君に似た人っていないかなぁなどといった恋愛関係が9割で、およそルルーシュの得意分野ではない。
どうしてこんなにも異性のことで熱くなれるのかがわからないと零したところ、シャーリーに「あのね、女子高生が恋愛に夢中になるのは至極当然のことなの。ルルが興味なさすぎなの。まったく美人なのに勿体ないったら」とため息をつかれたが、どう言われてもルルーシュは恋愛に関心なんてなかったしそんな余裕もなかったのだ。
「いーい、ルル? 花の命は短いの。命短し恋せよ乙女、って大昔のイレブンの諺にもあるでしょう。乙女は恋をしないといけないの。それは女の子の特権――ううん、女の子の義務なの。若い時にときめきをたっくさん経験しないといい女になれないでしょう。特にルルはそんなに美人なんだから、ちょっと笑っただけで男なんてイチコロなんだから。ほら笑って笑って」
「シャーリー…」
何だそのミレイのような強引且つ意味不明な言葉は。
ルルーシュはこめかみに頭痛が走るのを感じて額を押さえた。
シャーリーは恋愛第一のところがあるし、そんなシャーリーは女の子らしくて確かに可愛いとは思うけれど、それをルルーシュに求めるのは間違いだ。
何せキャラが違う。
ルルーシュがシャーリーのようにはにかんで笑ったりした日には、あまりの恥ずかしさに憤死すること間違いないだろう。
「命短し恋せよ乙女、ねえ…」
「そう! そうなのよ、ルル! わかってくれたのね!」
「まあ、私には関係ない言葉だな」
「んもう、ルルったら」
「気持ちだけありがたく受け取っておくよ。じゃあな」
HRが終了したのを機にルルーシュは席を立った。
隣でシャーリーが不満そうな顔をしているけれど、ルルーシュが終業と同時に帰宅するのはいつものことなので止めることはない。
この後部活に出るシャーリーと違ってルルーシュは帰宅部だが、だからと言ってルルーシュが暇人だというわけではないのだから。
また明日ねと背中に声をかければ、振り向いて小さく笑う。
そんな仕草はすごく綺麗で、ああやっぱり勿体ないとシャーリーは嘆いた。
ルルーシュ・ランペルージと言えば、アッシュフォード学園で知らない者がいないほどの有名人である。
才色兼備で有名なルルーシュは、だが同時に高嶺の花としても有名だった。
完璧な美貌と豊富な知識、生徒会役員ということも相まってルルーシュは多くの生徒から尊敬されていたけれど、どこか一線を引かれたように親友と呼べる人物はいなかった。
ルルーシュは友人とその他を見事に線引きしていたから、自分から進んで近づいていく者もいなかったのだろう。
そんなルルーシュの親友の座を、シャーリーは努力と根性と力ずくで手に入れたのだ。
そりゃもう涙ぐましいほどの努力をした。
お前実は百合だったんじゃないのと陰口を叩かれることもしばしば、ルルーシュ様に強引に近づこうとするなんて生意気よと囲まれること数回、それでもシャーリーはめげずに頑張った。
結果はシャーリーのねばり勝ち。
見事に親友の座をゲットしたのだ。
ルルーシュの恋愛音痴をなんとかするのも親友の役目よね、とその前に自分の彼氏を作れよという突っ込みはスルーしつつ、日々ルルーシュに恋愛の素晴らしさを教えているのだが、どうやら哀しいことにこと恋愛に関してはルルーシュはシャーリーの言葉を聞いてくれる気はないらしい。
他のことならばどんな話もしっかりと相手してくれるのにとシャーリーはうなだれるが、そんなことでめげていたらルルーシュの親友なんてやってられないのだ。
(待っててねルル! あたしが恋愛の素晴らしさを教えてあげるから!)
こぶしを握り締めてルルーシュの背中を見つめるシャーリーは、何度目になるかわからない決意を固めたのだ。
◇◆◇ ◇◆◇
何やら背中に視線が突き刺さるのを感じつつも、ルルーシュは足を止めない。
廊下に出る直前にちらりと視線だけを教卓に向けると、HRが終わったばかりの教室では担任が数人の女生徒に捕まっていた。
昨年からアッシュフォード学園に赴任してきた新任教師は、長い黒髪と怜悧な美貌が特徴的だ。
教師としては若年ながらも妙に威厳があり、女生徒からは人気が高く男子生徒からは憧憬の目を向けられている。
愛想は悪いけれど見た目はいいしなと思えば、かすかに動いた視線がルルーシュと交差した。
ネクタイに触れる手。
成る程とルルーシュは視線を戻して教室を後にする。
さて、今日の夕食は何にしよう。
バイトは休みだし時間はたっぷりある。
昨日は和食だったから洋食にしようか。
肉は鶏と豚と牛も揃っているし、野菜も確かほとんど残っていたはずだ。
チキンのトマトクリーム煮もいいけど、今日はトマトクリームという気分ではない。
ホワイトクリームにしようかそれとも赤ワイン煮。
よし、久々に時間があるから赤ワイン煮にしよう。
パスタは勿論生パスタで、ブロッコリーとプチトマトでクレソンサラダを作って、スープはさっぱりとコンソメスープ、デザートは苺ソースのパンナコッタで完璧だ。あぁ、パンも忘れちゃいけないな。ドライイーストが切れてたから買って帰れば丁度いいか。
そんなことをつらつらと考えながら途中で立ち寄ったスーパーで食材を買い足して、ルルーシュは数日前から自宅となったマンションのエントランスをくぐった。
総大理石作りのエントランスは軽くホテルのロビー並み。
セキュリティは完璧で24時間常駐の管理人の他にガードマンの姿もある。
勿論鍵は指紋認証のオートロック式だ。
「無駄にでかいんだよな…」
このマンションに引っ越してきてからまだ数日。
それでもやはり毎日同じ感想を抱いてしまうルルーシュは、ごく一般的な金銭感覚の持ち主だった。
部屋の中も外観に負けないほど豪華で、置いてある品物も決して派手ではないけれど一流のものばかり。
この部屋に置いてある家具全部で家一軒くらい軽く建つだろう。
尤もキッチンは最先端なので料理するには大助かりなのだが。
ぼんやりと考え事をしながらも手は休むことなくて野菜を切り肉を炒め味付けをしている。
働く母の代わりに家事全般を行ってきたルルーシュだ。
少々の考え事などで手が止まることなどあるはずもない。
慣れた手つきで下味をつけた鶏肉と野菜を圧力鍋に入れ、赤ワインをたっぷりと注ぐ。
ワインは備え付けのワインセラーに大量に常備されている。
ワインセラーのあるマンションって一体何だと思ったけれど、こうして料理に役立つならまあいいか。
ちなみに先程使用したワインは一本10万はくだらない代物なのだが、未成年のルルーシュが知るはずもない。
勿論、知ったところで使い道が変わるわけでもない。
鶏肉の煮込みが終わったところで玄関の鍵が開く音がした。
ややして聞こえてくる扉の音。
キッチンに入るなりただよってくる鼻腔をくすぐる香りに、家主の表情がかすかに柔らかくなる。
「お帰り」
「ただいま。遅くなって悪かったな」
「いや、丁度メインが出来上がったところだ。今すぐ準備するから早く着替えてこい」
「わかったよ。…あぁ、そうだ」
不意に近づいたと思ったら頬に軽いキス。
「…なっ…!!」
「只今、奥さん」
「……っ!!!」
一瞬で真っ赤になったルルーシュに、家主――黎星刻はニヤリと笑う。
学校では決して見せない意地悪いそれに、ルルーシュはふるふると震える手で目の前の男を殴ろうとするが、憎たらしいことにそれを察知して星刻は寝室へと姿を消した。
からかわれているのだとわかっているが、16歳のルルーシュに色恋の免疫はまったくなく、こうして触れられるだけでも心臓がどきどきして仕方ないのだ。
たとえ相手が世間一般で言うところの『夫』に当たる人物であったとしても。
ルルーシュ・ランペルージ改め、黎ルルーシュ。
担任である黎星刻の妻となってまだ5日目の新人奥さんである。
- 09.02.06