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憧れとは離れた距離で抱くもの


我が校、立海大附属のテニス部は全国でも屈指の強豪校。
全国大会出場なんて当然、ここ数年は全国大会連覇という偉業を成し遂げている。
ちなみに部員はイケメン揃い。
可愛い系からカッコいい系、ちょい悪に優等生、電波に親父に外人と、まぁちょっと他に見ないラインナップだと思う。
運動ができて顔が良いってモテる要素抜群なわけですよ。
その証拠のように放課後のテニスコートでは黄色い声が飛び交っているし、他校にもファンは多いらしい。
噂ではうちの部長のファンクラブが他校に出来ているとかいないとか。
まぁ、確かに恰好いいのは認めよう。
例えナチスもびっくりの恐怖政治を部内に敷いていようとも、例え教師及び校長までもが逆らえない権力を持っていても、見た目だけで言えばそのへんの男なんて足元にも及ばないだろう麗しい連中が多いのは事実だ。
特に部長。
あれはもう同じ人類に分類するのが不思議なほど、見た目儚げな美少年(中1の頃は紛れもなく美少女だった)であるのは確か。

中身が悪鬼羅刹であろうとも鑑賞する分には関係ない。

実際あたしも最初の頃はきゃあきゃあ言ってましたよ。
見た目は文句なく好みだったんだもの。
美形を見て嬉しくならない女の子はいないでしょう。
近づく勇気はなかったけどね。
だって、自分より綺麗な男の隣に立ちたくないもの。
朝から晩までテニス三昧で紫外線に晒されまくりのくせに真っ白な肌とか、つやっつやの黒髪とか。
幸村精市ははっきり言って女の敵だと思う。
毎日UVクリーム塗って極力日陰にいる私より白いとか、まじ羨ましい。



だから、遠くで見ているのが一番だと思っていたんだけど…。



「あの〜、幸村くん」
「何? あー気持ちいー」
「いい加減離してほしいんだけどー」
「やだ」

そう言って、幸村精市はあたしのウエストに回していた腕に更に力を込める。
ちょ、力入り過ぎ。中身出る。
現在、幸村の膝にだっこされて抱きしめられてます。
腕はあたしのウエストをがっちりホールド。顎は肩の上。
まぁ、つまりは背後から雁字搦めという状態です、はい。
ちなみに場所は教室。今は昼休み。
最早何の羞恥プレイかというほどにクラス中の視線を浴び捲ってます。本気で何故?!

「やっぱりは抱き心地がいい。このぷにっとしたお腹が何とも」
「よーし、幸村。一回殴らせろ。まじで、グーで殴らせろ」
「筋肉がないからかな。ふにふにで気持ちいいよね。ひんやりしてるし」
「いやー! セクハラ―! ちょっと柳! 見てないで止めて、マジで!! あたしの貞操の危機っ!!」
「安心しろ、。いくら精市でも公衆の面前で事を始めるほど愚かではないはずだ」
「それちっとも救いになってない! 問題はそこじゃなくて、今のこの状況なんだってば!!」
「確かにのあんな姿やこんな姿を不特定多数に見せるつもりはないけれど、でも俺だってやる時はヤるんだよ」
「ちっとも嬉しくなーい!! 誰か、先生! いや、警察呼んで警察!! ていうか幸村、あたしとあんたは付き合ってないよね。カレカノの関係でもなければ単なるクラスメイト! 友人未満の存在だよね!!」

そう、ここ重要。
あたしは幸村の彼女でもなければ幸村になら何されても構いませんというファンでもない。
単なるクラスメイト。
普通に朝の挨拶とかするくらいの間柄で、学校以外で会ったことだって一度もない、見事なまでの他人なのだ。
なのに、何故。
気に入られた理由が腹の肉というのは女として悔しすぎる。
こうなったら日課の腹筋20回を50回に変えて引き締めるしかないのか。
それとも大好物のプリンを3日に1回我慢するとか…いやいや、ここは断プリンするくらいの勢いで行くしかないかも。
幸村の腕から逃れるべくじたばたと焦るあたしの努力と苦労を嘲笑うかのように(いやもう本当に)くすりという笑い声が頭上から聞こえてきた。
ついでに何かに首筋を吸われる感触。周囲から悲鳴が響いた。
慌てて振り向くと、そこには猛禽類のような眼差しをした幸村。

「無駄だよ、。君が俺から逃げられるわけないじゃないか」

ぞくり、と腰にくる低音は幸村がテニスコートで時々聞かせる類のもの。
彼が本気になった証拠だ。

なんて言うのは簡単だけど、明らかにこれって本気になる場面じゃないよね。
むしろあたしが怒っていい場面だよね。
公衆の面前でセクハラとか本気で勘弁してほしいんだけど。ファンが怖い。
何よりも目の前の男が何をしでかすかわからないのが本気で怖い。
蛇に睨まれた蛙の気分を嫌というほど味わったあたしは、ようやく鳴った本鈴と同時に入ってきた担任によって何とか解放された。
雪山から無事生還した気分で机に突っ伏していたあたしに、隣の柳が何とも言えない視線を向けてきた。

「お前もさっさと諦めろ。このままでは同意があるかないかの違いだけだぞ。幸村はああ見えて容赦がない」
「…十分容赦はないよ。ついでに絶対認めません。そして柳、幸村もあんたにだけは言われたくないと思うよ」

柳が現在溺愛している彼女とのいきさつを最初から最後まで全部知っているあたしに言わせたら、柳も幸村も同類だ。むしろ柳のが怖いと思う。
彼女が幸せだから何も言うつもりないけどさ。
柳といい幸村といい男女交際に至るまでの過程が一般とズレまくっているのはテニス部クオリティなんだろうか。
今度ジャッカルに聞いてみたいけど、ジャッカルに肯定されたらあたしは立ち直れないと思うからやめとこう。
うん、精神安定上それが一番だ。
とりあえず差し当たっては幸村のセクハラからどう逃げるかが問題なわけで。
授業中は問題なし。登下校も幸村とあたしの時間帯はずれてるから問題ない。
問題は休み時間だけ。
特に昼休みは長いからより注意が必要。
もういっそ部室に逃げ込むしかないかな。あそこ鍵かかるし。

「鍵のかかる部屋は危険だからやめておけ。鴨が葱を背負って鍋に飛び込むようなものだ」
「……あたしの思考を読むのはやめてくれませんかね」
「お前は何でも顔に出るから読みやすい。1つだけアドバイスをするなら、人が大勢いる場所にいることだ。いくら幸村でも衆人環視の前で事に及びはしないだろう。……………恐らく」
「最後の一言がとんでもなく不安感を募らせてくれるけど、とりあえずありがとう。何とか頑張って逃げてみせるよ」
「健闘を祈る」

そんなわけで休み時間は極力教室から出ないようにしていたんだけど……。

「柳の嘘つきぃぃぃぃ!!」
「馬鹿だな、柳は最初から俺の味方に決まっているじゃないか。まぁそんなところが可愛いんだけどね」

そうだよ、こいつは衆人環視だろうが誰がいようが構わないって言ってた。
言ったんだよ確かに。しかも有言実行の男だしもうやだ。
救いは状況を察したクラスメイトが全員自主的に教室から出て行ってくれたこと。
有難いけど恥ずかしすぎる。
どうしてくれようこの男。
同意?
勿論そんなものあるわけない。

「近いうちに大人への階段上ろうか」
「それは断る!」

とは言ってもいつまで逃げ切れるかはあたしにもわからない。
……転校、しようかな。


  • 12.07.17