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天然素材


突然鳴り出した音に、その場にいたほとんどが動きを止めた。
テニス部の部室にある1つの携帯。
そこからその音はしていた。

の携帯やん」
「忘れ物ですかね、珍しい」

敏腕マネージャーとして名高いの、おそらくは置き忘れであろう携帯を前に、数人のレギュラー陣が首をかしげた。
年頃の少女の着メロにしてはらしくない電子音も違和感を感じさせる。
という少女は、外見通りふんわりとしてどこかつかみ所がなく、だけど勉強は出来てマネージャー業もしっかりとこなす。
携帯についている可愛らしいクマのストラップと、電子音がなんともミスマッチだ。
着信音はすぐに途切れた。
だが、またすぐ同じ音が鳴る。
それが数度繰り返されると、さすがにレギュラー陣も怪訝そうな顔をした。

「…なんやおかしないか?」
「…ですよね。急ぎの用事かもしれませんよ」
「でも勝手に見るのもなぁ…」
はどこやねん?」
「部長と一緒に買出しに行ってます」

さてどうしようと悩んでいると、ようやく持ち主が戻ってきた。

「あれ、何やってるのみんなで?」

携帯を囲んでいるレギュラー陣を見て、買出しを終えたが不思議そうな顔をした。
手には茶色い紙袋。
甘い香りは運動後の胃袋をこれでもかと刺激してくれるが、とりあえず今はそれを気にしている事態ではない。

「遅くなってごめんね。途中でやきいも屋さん見つけたから買ってきちゃった。おなかすいてるよね?」

またもや鳴り出した携帯を気にも留めず、は楽しそうにそう話す。

「…で、何してるの?」
「お前の携帯さっきから鳴りっぱなしやで?」
「あぁ。放っておいていいよ。知らない人からだから」

何でもないことのようにあっさりと言われて、その場にいたレギュラーが固まる。

「知らない人…?」
「だって、メールやで?」
「うん。でも知らない人なの。何度着信拒否してもかかってくるから、もう放っておいてる」
「見てもええ?」
「別にいいけど…」

忍足がの携帯をいじる。
メールの着信はほぼ1分間隔で届いていた。

「15時20分。『ちゃん、今日もマネージャー業大変だね。僕が見守ってるから頑張ってね』。
15時21分『今日の髪型はテニス部の男どもには刺激が強すぎると思うからポニーテールはやめたほうがいいよ』
15時22分『何で男と2人っきりで買い物になんか行くのさ。男手が必要なら僕が付き合うよ』
15時23分…」

延々と続くメールの内容に、レギュラー陣も言葉を失う。

「それってさ…」
「どうしたの、向日君。顔色悪いよ?」
「ストーカーじゃねえか!」

それまで黙っていた跡部が、の肩を掴んだ。

「そうともいう」
「いや、そうとしか言わへんから…」

は学内で人気がある。
気取らない性格に可愛らしい笑顔。
背は低く、抜群のスタイル。
言い寄る男が少なくなかったのも知っている。
だが。

「お前っ、何で俺様に言わねーんだよ!?」
「だって、言うほどのことじゃないでしょ? 実害ないし」
「今まではなかったってだけのことだろ! これからあったらどうするんだ!」

跡部が怒鳴ると、周囲の皆が同意した。

「結構きてますよね、この人…」
「つーかやばすぎだろ」
「今まで何もなかったのが奇蹟なんちゃうんか」

口々にそういわれるが、当のはけろっとしたまま。

「でもさ、部活の買出しとかも必ず誰かが一緒だし、帰りも景吾が送ってくれるでしょ? 1人っきりになることなんてないし何かされるも何も、どうせ大丈夫かなあと…」
!」
ちゃん!」
先輩!」

レギュラーの怒声が一斉に響いた。

「うわぁ、息ぴったり」
「…変なとこで感心せんとき」

が呑気な感想を述べたとき、またもや着信音が響いた。
跡部は忍足の手からの携帯を奪い取ると、メールをチェックする。

「景吾が恋人のメールチェックするとは思わなかった」

淡白だったのにねぇ。

「いや、それとは状況がちゃうやろ?」
…」

跡部の地を這うような声がの耳元でした。
あからさまに不機嫌なその声に他のレギュラー陣は息を呑んだが、マイペースを貫く彼女はまったく気にならなかったらしい。

「何?」
「…お前、今日から両親いないのか?」
「うん。九州に出張中。すごいね景吾。誰から聞いたの?」

の問いに、跡部は携帯の画面をに突きつけた。
他のメンバーも気になって覗き込むと、そこには信じられない文面が。

『今日からご両親出張だよね。1人で寂しくない? なんなら僕がいつでも遊びにいくから』

「…」
「…」
「…」
「…」

「どこで調べてくるんだろうね」
「気にするところはそこじゃないだろ!!」

危険だ。
もの凄く危険だ。
このまま帰したらが翌日無事に学校にくることはできないのではないかと思うくらいには危険だ。
ストーカーも危険だが、の無防備さが何よりも心配だ。

「跡部」

忍足が訴えるような眼差しを跡部に向ける。
跡部は額を押さえた。

「…、お前の親はいつまで出張なんだ」
「うーん、来週いっぱいかな?」
「そうか」

そう言うと、跡部はを肩に担ぎ上げた。

「え? 何!? 何するの!?」
「お前はしばらく家に泊まれ」
「ええ!? 何言ってるのよ! 無理に決まってるじゃないの!?」
「うるさい、行くぞ樺地」
「ウス」
「ちょっと、何で樺地君が私の荷物まで持ってるのよ!? っていうか下ろして!」
ちゃん、俺も跡部の意見に賛成や」
「そうです、こんな状態で夜に1人なんて危険ですよ」
「身近で三面記事なんてゴメンだからな」
「皆まで、そんな…。大丈夫なのに〜〜!!」
「大丈夫じゃない!」

跡部の肩に担がれたままぎゃーぎゃー騒いでいるをものともせず、跡部はさっさと部室を後にする。
その後ろ姿に手を振りつつ、忍足は残された携帯を見る。

「えらい迷惑やな、こいつも」

置き忘れた携帯は無人となった部室内で延々と鳴り続けた。



そして2日後。
ある家に侵入しようとしていた男が張り込んでいた警察に逮捕された。
『俺が彼女を守るんだ』とわめきながら連行されていく男の後ろ姿を眺め、少年達はようやく安堵に胸を撫で下ろしたのである。


  • 12.06.26