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正しい待ち時間の使い方


皆さん、こんにちは。跡部です。

本日は土曜日です。
休日です。
本当に久々のオフです。
週末の2日間に公演が1回も入っていないのは奇跡です。
というのも、いつも私に容赦なくスケジュールを組み込んでくるカレン先生が欧州公演に出かけているからなのです。
私が参加する公演が増えているとはいえ、やはり未成年。
ついでに義務教育ということもあって、公演するにはカレン先生の同伴が条件です(私がカレン先生のおまけとも言います)。
カレン先生が日本にいなければ私の出番は必然的になくなるわけで、私は数か月ぶりの学生生活を満喫中。
主催者側としては私も連れてきて良いですよーとのことだったらしいのですが、流石に数日ならまだしも数か月も日本を留守にすることはできません。

私は嫌ですよ。単位が足りなくてまさかの中学留年なんて。

なので私は日本でお留守番。
カレン先生も最初からそのつもりだったので、特に問題もなくお留守番が決定しました。
私が同行させられると思ってカレン先生の欧州公演を中止させようと景ちゃんが裏で動こうとしていたのが関係しているのかもしれませんが、とりあえず平穏に解決しました。
空港までお見送りに行った時に景ちゃんが「絶対放すか」と言わんばかりに手を握っていたのが疑問だったのですが、まさかカレン先生に連れていかれると心配しているとは思っていなかったので、帰りの車の中で聞かされた時はびっくりしました。
あははまさかーとか言いたかったのですが、実はお見送りと称して海外に拉致された過去がある私なので何も言い返せませんでした。
あの時の景ちゃんの激怒っぷりは今思い出しても恐ろしい。
だってヘリコプターで乱入してきたんですよ。
危うく公演中止にされるところだったし、景ちゃんがテロリストとして捕まりそうになってたことは思い出したくない黒歴史です(ついでに言えばカレン先生が拉致犯人にされるところでした)。

…話がそれました。
とにかく、私は留守番なのです。

ちゃん、最近忙しかったからゆっくりしてね」

なんてカレン先生から菩薩のようなお言葉をいただいたので、心ゆくまでまったりするつもりです。
とりあえずスイーツ食べ歩きをしたい。今のマイブームは杏仁豆腐です。
とは言っても練習は欠かせないので、午前中はカレン先生の師匠の元にレッスンを受けに行ってました。
この先生は流石カレン先生の師匠と言えばいいのか、飴と鞭の使い分けが抜群です。
しかもスパルタ。1つミスしようものなら容赦ない宿題が課されるのですで一瞬たりとも気が抜けません。
でも頑張ればきちんと認めてくれる人なので大好きです。

そんなこんなで無事にレッスンが終了して、さぁてこれからどうしようと考え中。
実は景ちゃんとランチをする予定だったのですが、景ちゃんは本日練習試合。
本当なら終わっている時間だったのですが、どうやらアクシデントがあったらしく少し遅くなると連絡が入ったのです。
何でもジロー先輩が見当たらないとか。
またどこかで居眠りでもしているのでしょうか。
多分すぐ見つかるだろうから近くの公園で待っているねと言って電話を切ったのですが、この分だと1時間くらい遅れるかもしれません。

「さて、どうしよう」

これが学校だったら一度家に帰ってるのですが、今日は外出先。
しかも神奈川。
カレン先生の師匠の務める学校は神奈川にあるので当然と言ったら当然なのですが、私、神奈川の地理はまったくと言っていいほどわかりません。
何せ基本的に移動は全て車なので(誘拐対策だそうです。拒否権はありません)。
前世の記憶でも神奈川は鎌倉しか知りません。
それだって地図を見なければどこにも行けない自信はありますが。
まぁ1時間くらいならヴァイオリンがあるし時間を潰すのは苦にならないのが救いです。
何でもこの公園は普段から演奏している人がいるらしくて、私1人くらい木陰で演奏していても気にならないとか。
カレン先生に言われていたけど、本当に公園の中では色々な人が演奏していてびっくり。
音楽が溢れている公園っていいなぁと思いながら適当な場所を発見です。

先日誕生日にとお父さんからプレゼントされた新しいヴァイオリンを構えます。
プロとして演奏することも増えてきているからと言ってプレゼントされたのは、まさかのニコロ・アマティ。
推定販売価格8000万円。

跡部家の財力と跡部父のあり得ない親馬鹿ぶりを再認識しました。

でも、貰ったものは使います。
だってとても綺麗な音を奏でてくれるんです。
柔らかくて甘くて、それでいてとっても優雅な音は素晴らしいです。流石8000万。
この楽器に見合う演奏をしなくちゃいけないなと気を引き締めて練習三昧になるのも当然というものです。

だって上手に演奏できると景ちゃんが褒めてくれるんです(ここ重要)。

そんなわけで1時間を無駄に待ってるのも勿体ないので練習です。
先程のレッスンで指摘された癖を気にしながら、でも楽しくをモットーに弦を奏でます。
課題曲はG線上のアリア。
この曲は昔から好きだったんだけど、今のヴァイオリンに変えてから更に好きになった曲なのです。
ヴァイオリンとの相性が良いのか、とっても綺麗に響くのが素敵です。

G線上のアリア→アヴェ・マリア→タイスの瞑想曲と柔らかい曲を立て続けに弾いて満足して顔を上げたら、何だか周囲に人だかりができてます。え?
人がいない場所を選んで弾いていたはずなのに、ありえない人の数にびっくり。
いや、拍手されて嬉しいんですけどね。
というかここまで人が集まってるのに気付かなかった私って間抜けじゃないでしょうか。

「お嬢ちゃん、凄い上手だねぇ」
「プロの演奏家みたいだよ」
「ここは演奏家の卵が多いけど、お嬢ちゃんほど上手な人は初めてだ」

えと、えと。褒められているのは嬉しいのですが、どうしましょう。
とりあえず愛想笑いをしてみたけど、皆さん帰る気配なし。
逃げたいけど、この人ごみをどうやって抜け出したら良いのやら。
相変わらず人見知りはまだ健在で、ついでに言えばそろそろ景ちゃんが来る時間だし、アンコールなんて言われても困ります。
どうにかしてこの輪を抜け出さなくちゃと考えていると…。











ナイスタイミングな神の声、ならぬ聞きなれた美声。
くるりと振り返れば、満面の笑みを讃えた景ちゃん。
キラキラして見えるのは私の目の錯覚でしょうか。

「景ちゃん!」
「遅くなって悪かったな」

そう言いながら景ちゃんは私の前までやってきてハグをしてくれました。
こうすると周囲が勘違いをしてくれるので結構簡単にいなくなってくれるんですよね。

「相変わらず見事な演奏だった。アマティとの相性も良いみたいだな」
「うん。とっても綺麗な音を出してくれるから弾いてて楽しいの」
「俺としてはあまり外で弾いてほしくないんだが…余計な虫がつく
「ふふ、景ちゃんってば」

いくら公園だからってそんなに虫は飛んでませんよ。
確かにさっき蝶は飛んでましたけどね。
蜂もいたけどね。

「そういう意味じゃねぇ……いや、そういう意味でいい」
「?」

変な景ちゃん。
まぁ、そんなことより重大なことが1つ。


「早くご飯食べに行こう。結構お腹すいちゃった」
「あぁ。中華街でいいのか」
「うん。杏仁豆腐食べたいの。景ちゃんが遅くなったんだからマンゴープリンもつけてね」
「きちんとメインディッシュを食べてからなら何食ったって構わないぜ」
「景ちゃんに半分食べてもらうから平気だもん」

そんなことを話しながら公園を後にしたのですが、実はこの時の演奏を聴いていた人達と色々な縁で出会ったり関わったり巻き込まれたりするのですが、勿論そんなことわかるわけがないのです。

  • 12.03.25