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輝く原石


皆様、こんにちは。
イギリス生活もそろそろ2年。跡部、間もなく4歳を迎えます。
いやぁ最初はイギリスなんて冗談じゃない英語なんてしゃべれないよとか思ってたんですけど、慣れって凄いですね。
あっという間に母国語と同じレベルまで話せるようになりました。
何でも子供の脳は吸収力がハンパないんだとか。
しかも跡部家ですからね。
子供の会話力を容赦なく引き上げるために、日常会話のほとんどが英語だったので覚えるのも当然というものです。
もしかして私天才?とか思ったのは内緒にしておきます。恥ずかしいので。
日本語忘れちゃったらどうしようとか最初は思ってたのですが、前世も含めて20年日本語にどっぷり浸ってきたわけなので、そう簡単に忘れるわけなかったようです。
日本語の美しい響き、実はかなり大好きなんです。日本文化バンザイ。

さて、今日は珍しく両親揃っているので1日早い私の誕生日のお祝いをしてくれることになり、家族揃ってお出かけです。
うちは基本的に両親(主に父親)が多忙を極めているので、実は家族全員揃って出かけるということが意外に少ないのです。
今日のために用意された服に着替えて車に乗せられること数十分。
どこに連れて行かれるかは内緒なので、密かにドキドキしています。

、具合悪くない?」
「うん、平気」

過保護代表の景ちゃんが心配そうに聞いてくるけど、流石に車に乗ったくらいで体調崩すほど虚弱体質じゃありませんよ。
尤もロンドンの空気は日本よりも良くないので喘息的にはあまりオススメできないから、景ちゃんが心配する気持ちも分かりますが。
これでも多少丈夫になってるんですよ。景ちゃんは信じてくれませんが。

連れてこられたのは歴史を感じさせるコンサートホール。
席に案内され(VIP席なんて存在があったのすら知りませんでした)、用意された席に座って待つことしばし。
現れたのは綺麗な女性でした。
う〜ん、どこかで見たような見ないような。
記憶の琴線に何かが引っかかっているのですが良く思い出せなくてうんうん唸ってると、目の前の女性が楽器を構えました。

「あっ!」

途端、洪水のように襲ってくる音に思い出しました。

「カレン・ …」
「あら、やっぱり覚えてたのね」

母が嬉しそうに笑います。
そうです。
目の前の女性はカレン・
イギリスで活躍するプロヴァイオリニストです。
日英ハーフの彼女は十代の頃からプロとして活躍していて、彼女のCDは私の胎教にも良く使われていたそうです。
流石にお腹の中にいた頃のことは覚えていないのですが、芸術には目の肥えている母が認めた彼女の演奏はそれはそれは素晴らしく、テレビで初めて彼女の演奏を聞いた時には、しばらく動けなかったほど感動しました。
前世ではテニス三昧で芸術はとんと縁のなかった私ですが、彼女の音楽は私の心を捕えて離さなかったのです。
他の音楽家とは違う多才で繊細な音は心にじわりと染み込んできて、いつまでも浸っていたいと思うほど心地良いのです。
一度でいいから生演奏聞きたいなぁと思っていたのですが勿論口に出した記憶はありません。
ついでに言えば生前の私の名字と同じなのも気になった理由の1つです。

、随分気に入っていたみたいだから、コンサートに連れてきたら喜んでもらえるかなと思ってたのよ」

どうやら両親にはお見通しだったようです。
母親の観察眼、恐るべし。

コンサートはあっという間に終わってしまって(それでも2時間ありましたが)、興奮覚めやらぬ状態の私が連れて行かれたのは、まさかの控え室。

「カレン、お疲れ様」
「アヤ。来てくれたのね。まぁ、可愛らしい子供達も一緒だなんて嬉しいわ」

…あの、何か母と彼女が普通にハグしてるんですけど…。
しかも親しそうなんですけど。
アヤって母の愛称ですかね。絢子→アヤ?
親しくなければ呼びませんよね?
あれ、私聞いてないぞ。
飽和状態の私の脳は何が起きているのか分からず、とりあえず景ちゃんの後ろに隠れてます。
すいません、人見知りというほどひどくないのですが、初対面の人とは何を話したらいいかわからないうえに、憧れの人が目の前にいるのに平静でなんていられませんて。

「紹介するわ。私の息子の景吾とよ。は貴女の演奏が大好きみたいだから是非会わせてみたくて」
「まあ、それは光栄だわ。小さなお嬢さん。ありがとう」
「あ…いえ…その…」

憧れのアイドルと対面したファンってこんな感じなんだろうなというほどのテンパり具合に母が「驚くと思ったのよねー」とかくすくす笑ってます。
ちょ…お母たま。
可愛い顔して悪戯好きなのはわかってたけど、まさかこんなどっきりを用意しなくてもいいじゃないですか。
あわあわしてる私を微笑ましそうに見る両親の姿が憎い。
そんなわけで両親から隠れるように更に景ちゃんの腕をぎゅうっと握り締めれば、流石に景ちゃんがそんな両親を諫めてくれました。

「父さんも母さんも、が可哀相じゃないか。びっくりしすぎてどうしたらいいかわかってないよ。泣いちゃったらどうするつもり」

ありがとう景ちゃん。私の味方は景ちゃんだけだよ。
小さな腕に抱きしめられて頭を撫でられて、ようやく復活です。

「はじめまして、跡部です。今日はすばらしいえんそうをありがとうございました」
「こちらこそ、わざわざ来ていただいて嬉しいわ。楽しんでいただけたかしら」
「はい。カレンさんのヴァイオリオン、すごくすきです」

うん、本当。
楽器って音を奏でるだけだと思ったんだけど、彼女の奏でる音には色がついて見えるからびっくり。
時には跳ねるように、時にはたゆたうように、全身を包み込んでくれるような音って初めて聞きましたよ。
そう伝えたら目の前の美女は目を丸くしてぽかんとしてしまいました。
ついでに両親と景ちゃんまで。
あれ? 私何かおかしなこと言った?

「アヤ…。この子、何か音楽嗜んでるの?」
「いいえ。ヴァイオリンは興味あるみたいだからそのうち習わせようとは思ってるけど…」
「う〜ん、さすが僕の娘と言えばいいのか、景吾の妹と言えばいいのか」
「父さん、意味わかんない」

うん、ごめん。私も景ちゃんに賛成。
この展開がわかりません。
何で気付いたらカレンさんが私の両肩をがっしり握ってるのかとか。
両親が「ってばやっぱり天才だったのね」と嬉しそうに話してるのとか、「だから当然だよ」って景ちゃんが自慢げにうなずいているのとか。

お願いだから誰か説明プリーズ。

「ねぇ、ちゃん。ヴァイオリン習ってみない? 今なら私が直々に教えてあげる」
「……………………はい」


そう答える以外私に何かできたでしょうか。



跡部、4歳まであと1日。
世界的有名なヴァイオリニストの弟子になりました。


  • 10.09.20