氷帝テニス部レギュラーメンバーが屋上で昼食を摂ることは周知の事実である。
日頃騒がれているメンバーであろうと昼食ぐらいはゆっくりと食べたいと思うのは当然のこと。
最初こそカフェテリアや教室で各々食べていたのだが、如何せん向けられる視線がハンパない。
ミーハーな女子生徒の好奇心というのはものすごいもので、誰が何を食べていたか弁当箱の中身のチェックはおろか、主食と副菜をどのように食べるかまでどこかのデータマンの如く記録されてしまっては美味しく食事どころのレベルではない。
まず最初に意外と繊細な岳人が弱音を吐いた。
次いで宍戸と滝。こちらは耐えられないというよりも視線が煩わしいという理由が大きいように思える。
逃げるように場所を移したのは一番避難場所として最適な部室。
だがいくら広かろうが自分達の泥と汗にまみれた場所で食事というのはあまり美味しく感じられない。
勿論部室は毎回マネージャーがきちんと掃除しているので塵一つ落ちていないのだが、これはやはり気分というものだろう。
そういう理由で最終的に落ち着いたのが校舎の屋上である。
ここは基本的に生徒立入禁止であり、普段は鍵がかかっている。
生徒会長という特権を利用して鍵を拝借、その後は穏やかで落ち着いた昼休みを過ごせるようになった。
騒がれることには慣れているけれど、ちょっぴり静かな時間も過ごしたい。
そんな少年達のささやかな願いは、跡部の職権乱用という形で叶えられたのである。
カチャリ、という扉が開く音が聞こえたのは、昼休みを半分ほど過ぎた時刻である。
各々食事を済ませ、本を読んだり雑談をしたり昼寝をしたりと好きな時間を過ごしている時だったため、突然聞こえた乱入者の気配に知らず険しい視線を向けてしまった。
「よい、しょ…」
何とも重そうな声と共に姿を表したのはテニス部マネージャー。
無駄なところまで金をかける氷帝学園において、屋上の扉は決して建て付けが悪いものではない。
普通に開けられるはずの扉で何故大変そうなのか不思議そうに首をひねっていると、屋上へと入ってきたの姿を見て全員が納得した。
「あ、やっぱり皆さんいますね」
「ちゃん? どないしたん? 大きい荷物抱えて」
「えへへ、お裾分けです」
の手には丸い大きな器。
漆器で出来たそれは一般家庭ではあまり見ないものだ。
「食籠(じきろう)?」
「あ、さすが滝先輩。当たりです」
食籠とは茶会などで茶菓子を入れておく器のことである。
滝は茶道経験があるため知っていたが、普通あまり知られているものではない。
「実はですね、今日は茶道部の方から桜餅を作って欲しいと頼まれてたんですよ。で、沢山作ったから皆さんもどうかなぁと思って」
そういえば今日は茶道部で茶会を開くという話を聞いたことがある。
普段はどこかの業者から茶菓子を仕入れていたはずだが、どうやら今回は料理部に依頼したらしい。
他の部が料理部へ何かを依頼することは珍しくない。
むしろ料理部の毎回の活動は、ほとんどが各部からの差し入れで持っているところがある。
勿論食材を提供すれば豪華な料理となって返ってくるのだから、皆が我先にと差し入れていることは有名な話だ。
どうぞと開かれた食籠の中には道明寺と桜餅の2種類が並んでいる。
形も綺麗だし、店で売っていてもおかしくない完成度だ。
「いつも思うけど、本当に凄いね」
「私だけじゃないですよ。皆で作ったんですから」
の実力は誰もが認めるところだが、実は料理部の部員達の実力も相当凄い。
ずらりと並んだ桜餅はどちらも人数分あり、おそらくこの昼休みの時間で完成させたのだろう。
素晴らしい手際の良さだ。
「懐紙と黒文字も用意してありますから、もし嫌いじゃなかったら召し上がってください。お抹茶はさすがに用意できなかったのでほうじ茶になっちゃうんですけど」
そう言いながらもう1つ抱えていた紙袋からポットと紙コップを取り出す。
確かに和菓子には飲み物がないと少々つらい。
それにしても本当に気が利くというかまめというか。
「さんもよかったら一緒に食べていかない?」
滝がそう言うと、は嬉しそうに笑いながらも首を振った。
「実はこれから茶道部でお抹茶点ててもらうんです。皆待ってるから早く行かなくちゃ」
「それは残念。皆にお礼を言っておいてもらえるかな。有難くご馳走になりますって」
「はい」
では失礼しますと一礼してぱたぱたと去っていく姿を見送って滝は思わず笑みを浮かべる。
「何や、滝。にやにやして」
「いや、可愛いなと思って」
「確かに可愛らしいなぁ。おまけに料理上手で頭もいい。足も綺麗で言うことなしや」
「そこまでマニアな感想は抱いてないよ。でも、妹にしたいなとは思うけど」
「あ、俺も思う」
「さんより岳人の方が年下みたいだけどね」
「くそくそ滝のばーか」
食籠の隅に飾られた小さな桜の枝。
校庭の桜は既に盛りを過ぎている。
おそらく彼女がどこからか調達してきたものだろう。
桜の枝と春の和菓子。
だが、それよりも。
ふんわりと笑う彼女こそが春風のようで、まさしく春の代名詞のような気がしたのは滝だけの秘密だ。