練習試合の翌日、は救急箱を眺めて困ったようにため息をついた。
練習熱心な部員達ばかりのテニス部では、練習中にうっかり転んだとかボールがぶつかったというパターンで怪我人が意外と多い。
さすがに正レギュラーともなれば自己管理もきちんとできているのか、うっかり怪我をしたということは少ない。
それでも200人を超える部員がいるのだから怪我人の数も決して少なくない。
その備品の減り具合はマネージャーであるがよく知っていることだが、先日の立海大との練習試合はが家の都合で出れなかったため、怪我人がどの程度いたのかはよくわかっていない。
朝練を見る限り顔やら腕やら膝やらに包帯もしくは絆創膏を貼っている部員がかなりいることから、相当激しい試合だったのだろうとは推察された。
何となく予感がして部室に置いてある救急箱を覗けば、やはりというか何と言うか見事に空になっていればため息もつきたくなるというものだ。
「んと、絆創膏が2種類とテーピングが1…2本、湿布が1ケースとガーゼに包帯…。大体こんなものかな。後は冷却スプレーを2本とドリンクの粉も補充した方がいいかも」
メモ帳に購入予定の備品を書き出し、他に必要あるものがないか室内をチェックして追加の買い物をメモに書き足した。
部活が始まるにはまだ少々時間があるが、一応ドリンクとタオルだけはきちんと机の上に置いておく。
買出しにそれほど時間がかかるとは思えないが、もし戻りが遅くても部員に迷惑をかけないようにというの配慮だ。
そのまま部室を出ようとしたのだが、外出する時にはきちんと行き先を知らせておけという部長の一言を思い出し、は行き先を書いたメモ帳をドリンクと一緒に机の上に置き、そのまま部室を後にした。
1人でこっそり買い物に行こうとしたのは偏に同行することになる部員の練習時間を思いやってのことなのだが、軽やかな足取りで学校を後にしたは部室に残されたメモを見た正レギュラーが、が迷子になったり転んでいないか心配になって練習が手につかなかったことなど当然知るよしもない。
◇◆◇ ◇◆◇
正レギュラーから不名誉な心配を受けているとは想像もしていないは、彼らの思惑に反して道に迷うこともなく転ぶこともなくごく普通に目的のドラッグストアに到着していた。
部員達はを道を歩けば迷子になり走れば転ぶという認識を持っており、残念ながらその認識はあながち外れてもいないのだが、さすがに全く知らない土地でもなければ行ったことのない店でもない限り迷子にはならない。
とは言え走れば転ぶのは以外が全員知っている事実だ。
氷帝からそれほど近くはないけれど品揃えの豊富さは有名で、備品の買出しではなく個人的にこの店を何度か利用したことのあるため必要な品がどこに置いてあるかはよく知っている。
日用品の配置など、大体どこのドラックストアでも同じようなものだ。
とりあえず必要なものを全て籠に収めて後は会計を済ませるだけという状態なのだが、はある品物の前で立ち止まったまま動こうとしない。
その手にはテーピング。
昨日の練習試合で予想以上に消費されていたのがテーピングなのだ。
しかも用途に応じて2種類の幅のテーピングがあったのだが、今回主に使用されたのが指先などに巻く細いタイプのものではなく、足首や手首を固定するような幅広のもの。
今までそれほどの怪我がなかったからなのかそれほど使用されていなかったらしく、在庫もなくなっていた。
ついでだから買って帰ろうかとも思ったのだが、今後使用されることがなければ無駄になってしまう。
とは言え一度帰って部長に確認を取ってからまた戻ってくるのも二度手間になってしまうのだ。
普段ならば電話すれば済むだけの話。
だがはすぐに戻ってくるからと財布だけを手に出てきてしまったものだから、当然ながら携帯は部室に置き忘れたままだ。
携帯を携帯せずに何の携帯だと部長に怒られそうな気がしなくもないが、過ぎてしまったことを今更悔やんでも仕方ない。
とりあえず買って帰るか後にするかでは悩んでいた。
(う〜ん、どうしようかな…)
「あ」
不意に聞こえた声に驚いて顔を上げれば、いつの間にいたのだろう隣に少女の姿があった。
他校生なのだろう、見たことがない制服を着ている。
知らない少女なのだが、彼女の視線はを見ている。正確にはの手にある品。
直接話しかけられたわけではないので声をかけるのも失礼かなと思ったのだが、明らかに困っている様子の少女を前にしては無視するのも申し訳ないような気がする。
「あの…何か?」
「あ…その、テーピングなんだけど…それ、買うの?」
申し訳なさそうに指で示すのはが手にしているテーピング。
言われて棚を見れば、成る程が持っているサイズはどうやらこれ1つしか在庫がないようだ。
可愛らしい眉が困ったように顰められている。
事情を察したは少女へとそれを差し出した。
「どうぞ」
「え? いいの?」
「私は今すぐ必要ってわけじゃないので、また後で買えば大丈夫だから。必要なんでしょう?」
「うん…。実は友達が部活中に足をひねっちゃって…」
「じゃあ余計に貴方がどうぞ。私は予備に必要かなと思ってただけだから」
「ありがとう」
がにっこりと微笑んでそう言えば、少女は嬉しそうに笑った。
「あたし、不動峰中学2年の橘杏って言うの。名前を聞いてもいい?」
「氷帝学園2年、です」
その後何となく意気投合した杏と連絡先を交換して、ついでにおせっかいかもしれないけどと申し出て怪我した杏の友人のテーピングも行ってから学校へと戻ったのが、予定よりも30分遅れてのこと。
置き手紙1つで音信不通となったマネージャーに、眉間に皺を刻んだ跡部から雷が落ちたのは当然。
そして跡部他数名からの説教を正座で拝聴することになったのも、これまた当然の結果といえよう。