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迷える子羊に愛の手を


「あれ?」

目の前に横たわるモノを見て、は不思議そうに首を傾げる。

人気のない公園。
いつもの如くテニス部の早朝練習のために通常の時間よりもかなり早くに家を出たは、ここ最近の通学路となっている公園へと足を踏み入れた。
決して大きな公園ではないがきちんと手入れは行き届いており、最近のお気に入りの場所になっている。
小さな花壇には四季折々の花を咲かせ、ひっそりと自己主張しないそのたたずまいをは大好きなのだ。

そして今日もいつものように駅に向かう道を歩いていた時――。
時間が早いこともありいつもならば人の姿など見えないその場所で、は不思議な遭遇を果たした。

白い簡素なベンチにごろりと寝転んでいる少年――もしくは青年になりかけた男性。
よりは年上だろうか、白いシャツ姿のその男性はどこにでもある公園のベンチで眠っていた。
最初は酔って眠ってしまった人だろうかと思い、だがそれにしては年齢が若いような気がして、は思わず足を止めた。
まじまじと見るのは失礼だとわかっているが、だが気になって少し近づいて見るとやはり社会人と呼ぶには少し若いようだ。
人気のないこの公園はだが地域の安全管理によって周囲からの見通しはよい。
身長より高い木も少なく、不審者がうろつくような場所ではないため、今まで何度も通っているがこのような事態は正直初めてだった。

だがの足が止まったのは目の前の光景に驚いてのことではない。
何しろ暖かくなってきたとは言っても季節はまだ春で、昼間ならまだしも朝――しかも早朝ともなれば頬を撫でる風もまだ少し冷たい日もあって、決して屋外で一晩過ごせるような気温ではないのだ。

(風邪引いちゃうよね…起こした方がいいのかな)

見ず知らずの他人にそこまで世話をやく必要はないと、ここに幼馴染の少女がいれば怒られていただろう。
が、今この場に親友はいない。
となればお人よしを絵に描いたようなが放っておくことなど当然なくて。

「あの…起きてください」



そう声をかけるのは必然的だったのだ。



◇◆◇◇◆◇



昼休みの購買は戦場と化していた。
いくら良家の子息子女が集う氷帝学園とはいえ、やはりお昼時の争奪戦はあるもので。
特に氷帝の購買に卸しているパン屋が味に定評のあるお店であることから、目の前ではそれを手に入れようという生徒の人込みができていた。
常のことなら事前に予約なりしておいたのだが、弁当持参派のは購買初心者でそんな裏技など知っているはずもない。

「う〜ん…」

人込みを前に躊躇するのはでなくても無理はない。
元々運動神経もなければ競争心もないだ。
この人込みをかきわけて本日の昼食分であるパンを手に入れることなど不可能に近い。
何度か飛び込もうと覚悟をするがそのたびに人込みに押しのけられ、結局失敗に終わっている。
学食はすでに完売しているため、このままだとは昼食抜きという目にあいそうだ。

「どうしよう…」

今日は放課後もテニス部の練習がある。
さすがに昼食抜きだけは避けたい。
そう思い何度も挑戦するが、結果は同じで少々哀しくなる。

「お前なにやってんだこんなとこで」
「あ、跡部先輩」

どこか呆れたような声が頭上から響いてきたと思えばそこにいたのは跡部で、は思わず苦笑した。

「……見られてました?」
「しっかりとな。なに飛び跳ねてるかと思えば、今日は弁当じゃねえのか?」
「あはは…まあそんなところです」

が弁当を持参していることを知っている跡部がそう問えば、から返ってきたのは白々しいほどの笑いで。
その態度にまた何かあったのかと察してしまうのは、跡部の観察眼が優れているという理由だけではなく、知り合ってからそれほどの期間は経っていないもののという人物を知っているからこその正直な反応だった。

困ったように笑うを見て、彼女がこのまま無事に昼食にありつけるかどうか容易に想像ついてしまった跡部は、目の前に佇むの腕を掴む。
そのまま腕を引かれてしまえばが驚くのは当然で。

「え?あの…」
「お前があの中に入って無事ですむわけねえだろう」
「え…でも…」
「大人しくついてくればいいんだよ」

そう言われてもここでパンを買っておかないと昼食抜きは免れない。
午後の授業だけならまだしも放課後の部活もこなすとなれば、食事を摂らないと厳しいものがある。
何よりも料理が好きなは食べることも好きなのだ。

「あんな菓子みてえなパンよりもっと栄養のあるものを食わせてやるよ」

そう言えば説明は終了とばかりに後は無言での腕を引っ張っていく。
階段を上り連れてこられたのは屋上。

さん!?」
?」
ちゃん?」

驚いた顔でを見るのは、級友の長太郎はじめテニス部正レギュラーの面々。
意外に仲のよいテニス部正レギュラーが全員揃って屋上で昼食を摂っていることは知っていたが、まさか自分がその中に連れてこられるとは思っていなかったは、長太郎以上にポカンとした顔で跡部を仰ぎ見る。

「跡部先輩?」

どうして自分がここに連れてこられるのかまだ理解していないは不思議そうに首を傾げるが、状況をいち早く察した滝によっては空いている場所に座らされた。

「珍しいね。お昼忘れたの?」
「いえ…忘れたというか…まあ…そんな感じです」
「はい、じゃあこれ」

笑顔とともに差し出されたのは数種類のサンドウィッチで、色彩も鮮やかなそれにの目が一瞬で輝く。

「タイミングよかったよさん。今日は珍しく跡部が大量のサンドウィッチを持ってきてくれたんだ。おかずも沢山あるからよかったらどうぞ」

跡部が持参したというサンドウィッチはが到着するまでの時間にそれなりの数は消費されたのだろうが、それでもまだかなりの量が残っている。
ちらりと跡部を見れば、どこか得意げな笑顔がそこにあった。

「折角だから食ってみろよ。俺様の家のコック長自慢の逸品だぜ。購買のパンなんぞよりよっぽどお前の口に合うはずだ」

そこでようやくは跡部がここへ連れてきた意味を理解した。
いきなり連れてこられたときは一体どうしようかと思ったものだが、きちんとのことを考えてくれたことが嬉しい。

「ありがとうございます」

零れるような笑顔とともに、は遠慮なくご相伴に預かることにした。





後日、跡部家シェフに弟子入りを希望するの姿があった。


  • 07.07.16