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それが僕らのエネルギー


第2試合は開始から15分で終了した。
先程の試合と違い、全力で挑んだダブルス1の滝・長太郎ペアの息の合ったコンビネーションに、は目を輝かせて応援した。
仲は良かったが、長太郎がテニスをしている姿を見るのはこれが初めてだった。
普段はにこにこと穏やかな笑顔を浮かべている長太郎の真剣な顔というのを見るのも初めてだし、長身から繰り出される時速200キロを超えるサーブを見るのも初めてだった。
そして、パートナーの滝との息もぴったりあっていて、試合を見ているとお互いが相手を信頼しているのがよくわかる。
長太郎がダブルスだというのは知っていたけど、パートナーはてっきり宍戸だと思っていたので意外性があったが、試合内容を見れば納得だ。
更に、先程のの怒り具合を目の当たりにしてしまった2人が手を抜くはずもなく、全力で挑んだ試合はまさに圧巻の一言だった。

「すごいすごい!鳳君って、本当にテニス上手だったんだね」
「もしかして信じてなかったの?」
「そういうわけじゃないけど、だって私試合見たことなかったし。でも、凄かった。鳳君も滝先輩も、すっごく上手でした」
「ふふ、ありがとう」

にこにこと満面の笑みを湛えているに、滝はにっこりと笑い返した。
その笑顔にギャラリーから歓声が響くが、当人達は勿論もあまり気にしていないようだった。
最初こそ大勢のギャラリーに萎縮した感じがあっただったが、試合が始まってしまえばマネージャー業をしっかりとこなして外野の騒ぎには気にもとめていないようだった。
1つのことに意識が集中すると他のことを忘れるタイプなので、周囲の存在自体を忘れてしまっていただけなのだが、それを知っているのは長太郎との性格を薄々感づいている跡部だけで、他のメンバーは対戦相手ですら呑まれる応援にも怯まないに対して更に好感を深めていた。

(何が何でも彼女をマネージャーに!)

滝と長太郎にドリンクを渡しているの背後で、ダブルス2の2人が拳を握り締めて決意を新たにしていことを、当然のことながらは気付かなかった。


本来なら食事休憩を挟んでから始められるはずのシングルス3だったが、ダブルス1の試合が15分で終了してしまったために、急遽午前中に行われることになった。
テニスに対する姿勢はあくまでも真面目な宍戸が手を抜いて試合するはずなどなく、試合は6-0で終わってしまった。
宍戸の放つライジングにタイミングを狂わされた相手選手は、自分のペースを取り戻すことなくダブルス2と同じく15分で終了した。



「皆さん、本当に凄いんですね」

食事休憩になり、用意された控え室へ移動しながら、は感嘆の声を上げた。

「本当に今まで知らなかったの?」

滝の言葉に、は頷いた。

「今までテニス部の試合も練習も見たことなかったんですよ。通りかかったことは何度かあったんですけど、ギャラリーが大勢いてコートまで見えなかったですし、練習試合とかも教えてもらってはいたんですけど、都合が悪くて…」
「それで、お気に召していただけたかな?」
「はいっ!もう、皆さんすっごく素敵でした」
「それはよかった。はい、着いたよ」

滝が部屋の扉を開くと、そこには大テーブルと人数分の椅子が用意されているだけの簡素な室内だった。
氷帝の控え室に比べればお世辞にも広いとは言いがたい室内だが、屋外で大勢の視線に晒されながら食事を取ることに比べれば、部屋を用意してくれただけでも感謝である。

ちゃん、荷物ここに置いてええん?」
「あ、はい。ありがとうございます。忍足先輩」
「いえいえ、女の子にこない重たい物持たせられへんやろ」

移動の際、当然のようにの荷物を持とうとした長太郎を、先輩の権限で押しのけてその荷物を運んできた忍足は、先程の名誉挽回とばかりに率先しての手伝いをしている。
勿論それは岳人にも言えることだった。

「なー、。何飲む?ポカリ?ウーロン?それともミネラルウォーター?」
「あ、向日先輩。私が用意しますよ。座っててください」
「いいっていいって、こんくらい大したことじゃないんだからさ」

そう言いながらペットボトルをテーブルに並べていく岳人を見て、は嬉しそうに微笑んだ。

「おら、お前もさっさと座れ。休憩時間と言っても無限にあるわけじゃないんだぞ。とっとと食ってウォーミングアップだってしとかなきゃならねえんだからな」
「あ、そうですね。それじゃ皆さんお昼にしましょう」

跡部の言葉に、はバッグを開いて中から用意した差し入れを取り出した。
1つ2つと重箱がテーブルに置かれていく。
正月のお節料理を彷彿させる3段重ねの重箱に、その場にいた全員が固まる。
蓋を開けると、中にはぎっしりと並んだ色とりどりのおかずたち。
和・洋・中揃っているだろうその種類は、とても1人で作れるような量ではない。
の腕前を知っている長太郎以外全員が、それを見て固まった。

「皆さんの好みが分からなかったので、適当に作ってみました。どうぞ召し上がれ」
「えっと…さん」
「はい?」
「これ、もしかして君1人で作ったの?」

氷帝正レギュラー全員で食べても十分なほどの量は、とても差し入れなどと簡単に呼べるレベルではない。
綺麗に並べられた品々。
まるで料亭の料理のように見た目も豪華なそれらは、普段料理をしない彼らでさえ相当な時間がかかっていると簡単に推測できた。
プロの料理人ならともかく、中学2年生の少女が簡単に作れるようなものではないだろう。
だが、そんな彼らの言葉に、は不思議そうに首をかしげた。

「勿論、私1人で作りましたよ」
「……よく作れたね…」
「料理は好きなんです」

胸を張ってそう答えるの顔は、本当に楽しそうだ。
長太郎はそんな子供っぽい仕草を見せるに笑みを浮かべながら、重箱から綺麗なキツネ色のフライをつまみ上げ、口に入れた。

「うん、おいしい」
「本当!?それはね、新作なの。豚肉としそを巻いてとんかつにしたの」
「しそがさっぱりしていて食べやすいね。この間の鶏肉の梅肉包み焼きも美味しかったしね」
「うん、あれは自信作なの。また今度作るね。あと、これも食べてみて。筍があったから筍ご飯にしたの」
「じゃ、遠慮なく。…あれ?先輩達食べないんですか?」

まるで新婚家庭の台所に迷い込んだような顔をしている3年生達に、2人はきょとんとした顔を向ける。
2人がまったく気にした様子がないということは、これが普段の2人の様子ということなのだろうか。
何となく面白くない。

「ほら、忍足先輩も。大丈夫。変なものは入ってませんから。宍戸先輩も座ってください。あ、お茶淹れますね。ウーロン茶でいいですか?」

ぼーっと突っ立っている3年生を椅子に座らせて、はその前にウーロン茶を注いだ紙コップを置いていく。

「ほな…」
「いただきま〜す」

パクリ。

「…………」
「…………」
「どう、ですか…?」

海老フライを咥えたまま無言になってしまった岳人の顔を、は不安げに覗き込む。
料理は趣味だし、幸いにも美味しいと言ってくれる友人達も大勢いる。
だが、味覚は誰もが違うものなので、中にはの料理が合わない人もいるかもしれない。
無言で咀嚼していく岳人に、の不安は更に大きくなる。
ゆっくりと飲み込み、岳人は自分を覗き込んでいるを見る。

「………う………」
「向日先輩…?」
「うっまーーい!!!料理の腕、天才!!」
「むっ、向日先輩!?」

いきなり抱きつかれてはうろたえた。
男の子に抱きつかれたのは、従兄以外で初めてだった。
小柄に見えても岳人の力は強く、逃げようとじたばたともがいてみたがびくともしなかった。

「マジ、最高!!、俺のお嫁さんになって!!」
「あああああのっ!」

パニックになりかけたを助けたのは忍足だった。

「岳人、少し落ち着きぃ。いきなりそないなこと言われても、ちゃんだって困るやろ」
「あ…有難うございます。忍足先輩…」

岳人の首をひっつかんで引き離してくれたので、ようやくは安心したように大きく息をついた。

「でも、本当に美味しいよ」
「有難うございます。滝先輩」
「そういえば以前差し入れてもらったお菓子も絶品だったしね」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「ま、悪くはねえな」
「またそういう言い方するんだから、美味しいなら美味しいって言えばいいのに」

言いながらも皆の箸は止まることなく料理をつついている。
そんな様子を見ながら、は嬉しそうに微笑んだ。
自分が作ったものを美味しそうに食べてもらえる。
それは、にとって何よりも嬉しいことなのだ。

「しっかり食べて、午後も頑張ってくださいね」

その言葉のせいか、午後の試合も氷帝の圧勝だった。


  • 06.03.03