梵天丸が家の息子として認識されるようになって十日。
どんな時でもの後をついて回る姿は何とも微笑ましい姿だと近所では有名だ。
そんな梵天丸が今日は一人。
の手製のリュックを背負いてくてくと歩いている姿は何とも愛らしいが、母親べったりの梵天丸が単独行動することは非常に珍しく、周囲の視線は自然と幼い少年に集まっていく。
「おはよう、梵ちゃん。今日はちゃんは一緒じゃないの?」
果物屋の老婦人がそう声をかければ、梵天丸はピタリと止まって老婦人へと振り向いた。
こちらの来た当初は酷い人見知りだったのだが、生来素直な気質なのだろう、十日も過ぎれば笑顔とまではいかないまでもきちんと会話ができるようになっていた。
「母上は家にいる。ぐらたんを作るのに牛乳が足りなくて、母上は手がはなせないから、梵天丸が買い物に来たんだ」
「あらあら、ちゃんはしっかりしているのに、時々ちょっとうっかりさんだからねぇ。梵ちゃんは一人でお買い物初めてじゃないのかい。大丈夫?」
「平気だ。梵天丸だって母上のおてつだいは出来るんだ。おつりだってちゃんと受け取ったんだぞ」
えへん、と胸を張る姿は子供特有の生意気さがあって可愛らしい。
老婦人はひ孫を見るような目で梵天丸を見ると、店頭に並んでいた桃を2つ梵天丸に手渡した。
「梵ちゃんがちゃんと買い物できたご褒美だよ。甘くて美味しいから後で皆で食べなさい」
「…ありがとう!」
はにかんだ笑顔を浮かべる梵天丸の頭を軽く撫で、老婦人はそれを梵天丸のリュックにしまった。
子供はバランスを崩しやすくよく転ぶ。
それはどの時代でも共通して言えることらしく、しかもこちらの世界の靴に慣れていない梵天丸は転ぶまではいかなくても躓くことがそこそこ多い。
一度持っていた荷物(タイミングが悪いことに卵だった)を取り落してしまってから、梵天丸は買い物したものは必ずリュックにしまうことにしていた。
勿論そんな姿は商店街のあちこちで見られているものだから、老婦人は躊躇なく梵天丸に手渡さずにリュックに手をかけたのだ。
リュックの中には財布と牛乳が入っていた。
その上に潰れないように桃を乗せて、しっかりと紐を結んだ。
は手先が器用でどんなものでも大抵のものは手作りしてしまうのだが、子供用にポケットのたくさんついた布製リュックは市販品と比べても遜色ない出来の良さだ。
肩ひもに名前の刺繍まで入っていて完璧である。
「さあ、ちゃんが待っているよ。早く帰っておやり」
「うんっ」
この町の住人は自分たちの町に伝わる不思議な言い伝えを信じている。
というかそれが事実であると知っている。
だからこそが連れてきた傷だらけの少年が幼少期の伊達政宗だということを疑っていない。
幼い頃に片目を失い、そのせいで母に疎まれていたという件の武将の人生は、某番組で1年に渡って放送されていたこともあるだろう。
作り物の世界ですら同情するほどの内容だった。
そのモデルとなった少年は、ドラマの世界よりも更に酷い体験をしてこちらの世界にやってきた。
人から傷つけられることをとても恐れている幼気な少年を見て憐憫の情を抱かない人がいるだろうか。
そんな少年が1人の女性に心を許し「母上」と慕っている姿を見て嬉しいと思わない大人がいるだろうか。
そんなわけで梵天丸はこの町で多くの大人からこれでもかという程に愛されいる。
いつかは帰ってしまう子供ではあるけれど、この町で過ごしたことが彼にとって優しい時間であれば良いと願ってしまうのは、少年にとって祖父母に近い町の大人たちにしてみればごくごく自然なことだ。
にこっと笑顔を浮かべて小走りで帰路につく姿を眺め、老婦人は嬉しそうに笑った。
- 12.10.15