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狐と狐の邂逅


狐は佐和山に生まれた。
佐和山は緑豊かな暮らしやすい山だったが、ただ1つだけ欠点があるとすれば、山の頂上に『城』と呼ばれる大きな建物があることだ。
城には人間が多く住んでおり、そのため狐の縄張りを荒らされるかもしれないと狐は考えた。
だが生まれたばかりの狐に人間を追い払うだけの妖力も頭脳もなく、仲間に聞いてもどうしようもないと言われてちょっとばかり落ち込んだ。
本当はちょっと面白くないな何かしたいなと思っていたのだが、当時の狐は生まれたばかりで何の力もなく、そのためせいぜい城にやってくる人間の頭上に木の実を落としたりするくらいが精一杯だった。
それから数年、狐が何とか人の姿を取ることが出来るようになった頃、城のあたりが何やら騒がしくなっていた。
どうしたのだろうと好奇心に負けて、狐は人間の姿に化けて様子を見に行くことにした。
城に登っていくのは腰に何やら狐の嫌いな金属の臭いのするものを差している人間が多かったが、その日は特に人が多く金属の臭いのしない人間も多かったので、狐はその人間の姿を真似てみた。
くるんと一回転をすれば人間の姿になれるようになったのはつい最近のことだ。
まだ妖力が弱いために大人の姿には化けることはできなかった。
せいぜい10歳前後だろうか。
大人の中に入るには少々浮いてしまう体型だが、中には子供の姿もちらほらと見られるから大丈夫だろうと、狐は深く考えずに城へと近づいていった。
気に入らなかったら悪戯してやろうと、両手に一杯の木の実を持つことだけは忘れずに。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「何とまぁ、ここまで荒れ果てた城というのを俺は見たことがないぞ。放置されていたわけでもあるまいし、前の城主は一体何をしていたんだ」
「まあまあ、これだけ荒れた城を改修するには時間も金もかかるって躊躇されたんでしょうよ」
「時間などどうとでも作れよう。金は確かにかかるかもしれぬが、堀も塀も碌な役に立たぬではいざという時に篭城もできないではないか」
「それはそうなんですけどね」

城の入り口付近で何やら不機嫌そうな声と、それを宥める声がする。
何となく興味を持って狐はそちらへ近づいていった。
明るい髪色をした若い男と、体格の良い男が城を前に何やら話している。
狐は明るい髪の色に興味を持った。
初めて見る毛色なのだ。
それまで何度か登城してくる人間を見たことがあったが、彼らは総じて黒い髪をしていた。
目の前の男の髪は茶色というより赤に近い。
肌も白くどこか普通と違う。

だが、綺麗だなと思った。

狐が綺麗だと思うのは己の毛並みと佐和山の姿くらいで、人間を綺麗だと思うことは今までついぞなかったことだ。
ちらりと見えた榛色の瞳は仲間のものと良く似ていた。
もっと近くで見てみたくて、狐は一歩近づいた。
カサリ、と木の葉を踏む音がして男が振り向く。
狐の姿を認めた瞬間、大柄の男が顔色を変えて明るい髪の男の前に立った。
それが狐には面白くなかった。
せっかく近くに来たのに男の顔が見えないではないか。
狐はむさくるしい男の顔は見たくなかった。

「殿…」
「待て、左近」

機嫌を悪くした狐に気が付いたのだろうか。
明るい髪の男が大柄な男を制して歩み寄ってきた。
子供の姿をしている狐よりも頭1つ以上大きいために見上げる格好になる。
やはり綺麗だ。
特に瞳。
隣の大柄な男の瞳は普通だが、狐はこの色を一目で気に入った。
男は狐と視線を合わせるように腰をかがめた。

「お前、この近くに住む子か?」

問いかけに一瞬どう答えようか悩んだ。
今は人間の姿をしているのだ。
人間は家というものに住むのだと狐は知っていた。
少し悩んで、それから狐は頷いた。
近くと言えば近くだ。
狐はこの山に住んでいるのだから。

「そうか。俺はこの城に新しく住むことになった者だ。これからも顔を合わせるかもしれない。よろしく頼む」

男が笑った。
笑うと目元が少しだけ優しくなって空気がふわりと軽くなる。
何となく嬉しくなって狐も笑い返した。
前に住んでいた人間は時折森で狩りをして狐の仲間を殺していた嫌な奴だったけれど、この男ならそんなことはしないだろうと何故だか思った。
嬉しくて、持っていた木の実を男に押し付けた。
くれるのかと聞いてきたので頷いた。
狐はまだ人間の言葉を話せないのだ。
もっと一緒にいたかったけれど、そろそろ変化が解けてしまいそうだったので慌てて道を戻る。
途中で振り返ると男はまだそこにいて、狐に気がつくと手を振ってくれた。
また会いたいと思ったし、また会えると思うと楽しかった。
塒へ帰る狐の足取りは非常に軽かった。





「殿…妖かしまで篭絡するのはやめてくださいよ」
「妖かしではない。あれはただの子狐よ」
「子狐だって人間に化けてたじゃないですか。何もされなかったからよかったものの、少しは警戒してくださらないと左近は困ります」
「そうは言ってもまだ子供ではないか。変化の術とて中途半端。尻尾も耳も丸見えで、何とも可愛いものだ。それに、どうやら友好的に受け入れてくれたようだ。案ずることはない」
「はぁ〜。左近は心配ですよ。あの子狐、絶対またやってきますよ」
「この佐和山に住む者は皆俺の領民だ。子狐とて変わりはあるまい。また来て何が悪い」
「殿…いや、もう何でもないです」

背後でそんな会話がなされていたことを、幸せ一杯の狐には当然聞こえていなかった。


  • 10.11.05