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月夜


この話には18歳未満の方が閲覧になるには不適切な内容が書いてあります。
18歳未満の方やBLが苦手な方は閲覧をおやめください。
ご覧になった後での苦情は一切聞きませんのでご了承願います。
大丈夫な方はレッツスクロール。
































































































清正が初めて三成を抱いたのは、満月の夜のことだった。
何故そうなったのか、清正でもよくわからない。
少なくとも同意の上でないことだけは確かだった。
そこに愛情なんてものはなく、体躯で勝る清正が一方的に三成を嬲っただけだった。
三成は許してくれた。
三成はその繊細な外見からは想像できないほどに男らしい性格の持ち主だったから。
反省しろという一言であっさりと許してくれた三成に、清正はその後一切頭があがらないのだが、それについて清正に不満は一切ない。
否、あるにはあるのだが、負い目ばかりでなく惚れた欲目で強く出れないだけなのだが。
今では仲睦まじい2人。
だが、その最低な初めての夜は、心を許しあっても尚清正の負い目となっているほどに酷い夜だったと記憶している。



あれは忘れもしない月の夜。
数週間続く長雨の影響で川の水位が上がってきたという報告が入ったのはその日の早朝。
このままでは近くの集落に被害が及ぶかもしれないからと、秀吉の命を受けて清正が赴くことになった。
本来ならばこういう灌漑工事などは三成の方が得意なのだが、彼は彼で昨夜から今にも崩れそうになっている堤防の補強に出かけていたため、緊急で動けるのが清正しかいなかったのだ。
土嚢を積んで増水を防ぎ、その間に民を避難させる。
決して難しいことではなかった。
唯一の誤算は部下の半数が不真面目だったことだろうか。
準備に予想以上の時間がかかり、最早土嚢を積んだ程度では間に合わないほどの水位に、清正は農民の避難を優先させるように部下に告げた。
だがその伝令は何を考えたのか、川から一番遠い集落から避難を始めたのだ。
最も危険な集落へ連絡が届いたのが、堤防が決壊するのとほぼ同時だった。
泣きながら逃げてくる子供は清正が馬に引き上げて救助することができた。
だが子供の両親は彼を守るために流されてしまい助けることができず、彼らは濁流に飲み込まれて消えていった。
結果的に一つの集落が水に沈んだが、被害は子供の両親2人だけ。
洪水の規模を考えれば被害は少ないと言っても良かった。
実際秀吉からは労をねぎらう言葉が送られたし、子供は近所の子供に恵まれない夫婦に引き取られることになった。
だが清正の心は晴れなかった。
犠牲者の数が少ないから何だというのだ。
自分達が守るべき領民を助けられなかったことは同じなのだ。
三成の方は堤防も決壊せずに犠牲者もいなかったのだという。
自分よりも危険な場所へ赴いたというのに、彼の采配は見事だったのだ。
初めての任務だからということは関係ない。
清正は武芸にばかりかまけていて内政に関して不勉強だった自分を恥じた。
そして、心の奥に沈む澱に蓋をするように屋敷に戻るなり酒に逃げたのだ。
今まで幾度となく戦に出陣し多くの敵を屠ってきたというのに、戦う術を持たない農民が水に流されて消えていく姿が頭から離れない。
武士として領民を守るのが勤め。
救える命を失ってしまったことは、まだ若い清正にとって苦い経験となって心に小さな傷を造ったのだ。

そんな清正の下へ、何故か三成がやってきた。
清正が落ち込んでいることを秀吉やねねあたりから聞いて、もしかしたら慰めようとしてくれたのかもしれない。
昼間の雨は嘘のように止み、上空には見事な満月が姿を見せていた。
あと1日早く雨が止んでいればあの夫婦も亡くなることなどなかったのにと思えば、月光の冴え冴えとした明かりすら厭わしい。
足元のぬかるみにも気にせず夜半に尋ねてきた三成は、部屋に入るなり泥酔に近い清正の姿に眉を顰めた。

「飲みすぎだ」

明らかに深酒だった。
清正は酒を好む男だが、自分を保てなくなるほどに飲むことはほとんどない。
自棄酒なのだろうとすぐにわかったが、かと言って優しい言葉をかけることができるほど三成は器用ではない。
酒瓶を片手に、煽るように飲み干す清正の姿は明らかに常軌を逸していた。
あれだけの大雨と任務だ。
普段なら長浜城に滞在していてもおかしくない清正が、本人もあまり足を運ばない邸宅に戻った理由は間違いなくこれだろう。
こんな姿をねねに見せたら心配された挙句正座での説教は免れない。
もしかしたら三成や正則にこのような姿を見せたくなかったのかもしれないが、もう来てしまったのだから仕方ない。
清正の手から酒瓶を取り上げると、三成は持っていた風呂敷包みを清正の胸に押し付けた。

「自棄酒をしたところで亡くなった命は戻ってはこないぞ。もっと前を見ろ、馬鹿が」
「――っ!!」

その言葉は正に逆鱗だった。
頭に衝撃を感じたと思った途端、三成は床に張り倒された。
2歳年下とは言え清正の体格は最早大人のそれと同じである。
かたや三成はまだ少年と呼んでも差し支えのないほど細身で、たとえ不意打ちでなくても清正の攻撃を受け止めることはできなかっただろう。
くらりと眩暈を感じて咄嗟の反応ができなかった。
殴られたのだとわかったのは、倒れた自分の上に清正が馬乗りになったからだ。
大きな手が三成の細い首を掴み、静かに締め上げていく。

「ぐっ…!」
「…相変わらず上目線か。いい態度だな」
「き…よま…さ…」
「俺を笑いに来たのか? たかが河川の工事一つ満足にこなせない体力馬鹿よと、そう罵りたければ罵ればいい」
「俺…は…」
「どうせ俺は武力しか取り柄がないからな。お前のような頭脳働きなどできはせんさ」

息が詰まらないように、だが呼吸するには苦しいほどの力で清正は三成の首を絞めていく。
常は冷静な光を宿している瞳だが、今そこにあるのは昏く鈍い光で、清正が正気でないことはすぐにわかった。
酒の力もあるかもしれない。
だが、何よりも原因だったのは三成の不用意な一言で。
清正がここまで民のことを思っていることを三成は考えていなかったのだ。

「いつでも冷静なお前は、俺のように無様にあがくことなどしたことがあるまい。その綺麗な顔を歪ませてやりたいと思うのは、俺の劣等感がなせるものなのか」
「何…を…」

腕の力が不意に弱められたせいで、器官に急激に酸素が送り込まれて身体が拒否反応を示した。
盛大にむせ返る三成の姿を上から眺め、清正は自嘲するように笑った。
ぞっとするほど昏い色を宿す瞳に三成の背筋に震えが走った。
咄嗟に後ずさったのは本能的なもので、三成自身も気付いていなかった。
だがそれを逃げだと感じた清正は三成の両腕を捕え、片手で頭上に固定した。



抵抗する身体を力ずくで組み伏せてその細い身体を強引に暴いた。
男同士の閨作法は知識として知っていたが、清正が三成に対して行ったのはそんな艶めいたものではなく、むしろ暴力に近かった。
碌に慣らしもせず侵入した身体は清正を頑なに拒み、清正はそれを力づくで押し入ったのだ。
痛みと屈辱に尚も逃げようとする身体を腕の中に閉じ込め、清正は何度も三成を抱いた。
体力が尽きたのか抵抗すらなくなった身体を、それでも執拗に清正は嬲り続けた。
抱きながら泣いた。
苛立ちを他人にぶつけることで自分の鬱屈を晴らそうとする己が可笑しくて涙が止まらなかった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





激しい頭痛と罪悪感の中で目覚めれば、いつの間にか布団の中だった。
あれは夢だったのかと思うものの、全身の倦怠感は情事後特有のそれであったし、乱雑に散らかった室内は昨夜のままだ。
何よりも己の隣に眠る三成の姿こそが、紛れもない現実だと示している。
白い肌には清正が付けた情痕が鮮やかに色づいており、涙の痕の残る寝顔は痛々しい半面凄絶な艶を纏っていた。
女と見紛うばかりの顔立ちは意識を失っていてもやはり美しく、布団で身体のほとんどが隠れている今の状態ではとてもじゃないが男に見えない。
無体をしてしまった自覚はある。
目が覚めて罵られることは当然、技の一つや二つ覚悟しておいた方がいいかもしれない。
そんな覚悟を決めつつ、それでも眠る三成の顔を眺めていると、長い睫がふるりと震えて三成が目を覚ました。
ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した後で隣にいる清正の姿を認め、僅かに身じろぎをするものの痛みからか眉を顰めた。

「三成…その…すまない…」
「全くだ、この馬鹿め」

間髪をいれずにそう罵られて清正は眉を下げた。
布団から顔を上げずに、三成は尚も言葉を続ける。

「お前なんかに余計な仏心を出した俺が間違ってた。身体が痛くて動くことができん。今日は休むからお前、秀吉様にそう伝えてこい。俺は寝る」

そう言うなり頭から布団を被ってしまい、清正は唖然とする。
え? それだけ? というのが正直な感想だ。
誰がどう聞いても強姦。
清正は己の行為がどれだけ無遠慮だったかを記憶しているのだから、この程度の言葉で済むとは到底思えなかった。

「あぁ、そうだ」

言うなり手を伸ばして風呂敷包みを手繰り寄せ、それを清正の上に落とした。
ご丁寧に頭の上なのは仕返しも含まれているかもしれない。

「何だ…これ…書物?」
「開けてみろ、馬鹿め」

怪訝に思いつつ開けたそれは、清正が予想した通り数冊の書物だった。
だがその表紙の文字を見て息を呑む。

「灌漑工事や治水事業は国の一大事業だ。貴様程度の頭脳で誰一人犠牲の出ない工事など出来るはずがあるまい。少しはこれを読んで勉強しろ馬鹿が。そして今後このようなことがないように務めるのが犠牲になった領民の命に報いる唯一の方法だ。お前のように酒飲んで忘れようとするなんぞ愚の骨頂だ。酒に飲まれて暴れて好き勝手しやがって。このど阿呆が」

普段に比べて3割増言葉が汚いのは、三成の怒りを表しているのだろう。
昨日はこの書物を届けに来たのか。
自身も疲れているはずなのに清正の心情を察してわざわざ足を運んでくれたのだ。
それなのに自分は一体三成に何をした。
考えれば考えるほど後悔しか生まれない。

「三成…」

たとえ許してもらえなくても謝らなくてはならないだろう。
そう思い名前を呼ぶが、三成は既に眠りの中だ。
あまりにも早い眠りに本当に眠っているのか疑問に思ったが、この細い身体で清正の無体を全部受け止めたのだ。
体力など残っていなくて当然だろう。
朝はまだ早い。
もう少しだけこのままでいたいと思った清正は、布団ごと三成の身体を抱きしめ再び眠りについた。


――そう、おそらくはこの時から清正は三成に惚れていたのだと、気付くのはそう遠くない未来のことである。


  • 10.09.01